事例に学ぶ、スマートスタジアム導入の進め方とは?

スポーツの試合会場では、観客の快適さや安全性を高めるための取り組みが重要視されています。近年、通信インフラやICT技術の進化とともに、観客サービスの高度化を目指す「スタジアムDX」が注目されています。この流れを具体化したものが「スマートスタジアム導入」です。デジタル技術を活用することで、顧客満足度の向上や運営効率化など、多くのメリットが期待されています。


本記事では、スマートスタジアム導入における実務的な視点から、国内外の事例や課題、計画の進め方について解説します。大規模スタジアムだけでなく、地域のスポーツ施設やアリーナでも応用できる内容を目指しています。スタジアムDXに踏み出す際のヒントとして、現場で役立つ情報を提供します。



スマートスタジアムとは

定義と特徴

スマートスタジアムとは、IoTや5Gなどの先端技術を活用して観客の利便性や安全性を高めたスタジアムを指します。ICTはインターネットなどの通信を用いる技術で、人と人とのコミュニケーションを重視する概念です。一方、IoTはモノがインターネットを介して情報を取得・制御できる技術です。高速大容量通信の5Gを導入することで、多数のデバイスが同時にネットワークへ接続し、試合映像や双方向の情報交換が円滑に行えます(※1)。


日本国内ではスマートスタジアムへの関心が高まっているものの、実現事例はまだ限定的です。例えば、楽天イーグルスがフードオーダーをモバイル化したり、NTTが大宮アルディージャで実証実験を行っていますが、完全なスマートスタジアムの構想を実現した例は少ないのが現状です。背景には、機器導入から運営管理までの初期コストが大きいことが挙げられます(※2)。


スマートスタジアムの特徴としては、観戦体験の向上、安全管理の高度化、混雑の緩和など、複数の要素が同時に実現できる点があります。例えば、ARやVRを活用してスマートフォンで試合のリプレイやマルチアングル映像を楽しんだり、AI分析によるリアルタイムの警備体制を構築したりする事例が増えています(※2)。来場者は電子チケットやキャッシュレス決済を利用し、スムーズな入場や買い物が可能になります。こうした多面的なデジタル化が、スマートスタジアムの価値を支えています。
 


導入のメリット

スマートスタジアム導入の最大のメリットは、観客にストレスの少ない体験を提供できる点です。電子チケットの導入により入場時の混雑を緩和でき、AIカメラでトイレや売店の混雑度を把握して案内することで、待ち時間の削減が期待されます(※2)。また、ARやマルチアングル映像は、来場者に新しい観戦スタイルを提供します。自席のスマートフォンからリプレイ映像を確認できるなど、迫力と情報量を両立した観戦が可能です。


運営側のメリットとしては、デジタルログを活用して顧客の来場動向や売上状況を把握しやすくなる点が挙げられます。北米では、スマートスタジアムで収集したビッグデータを分析し、売店の在庫配置を最適化する事例もあります。顔認証による入場管理でゲート通過の高速化を図る取り組みも進んでいます(※3)。


さらに、環境への配慮やコスト削減も重要なポイントです。スタジアムの電力使用データをリアルタイムで集め、AIで消費傾向を分析することで照明や空調の最適運用が可能となり、エネルギーコストの削減につながります。データ活用の幅広さがスマートスタジアムの強みであり、来場者満足度の向上だけでなく、中長期的な経営基盤の強化も期待できます。 
 



スマートスタジアム導入の現状と課題

国内外の導入事例

海外では、米国のプロ野球球団サンディエゴ・パドレスの本拠地ペトコパークがIoT技術を活用した先進事例として知られています。JIG-SAW社がデジタルサイネージやスマートフォン連携のコンテンツを提供し、情報発信の高度化を実現しています(※4)。また、クリーブランド・ブラウンズやアトランタ・ファルコンズが採用する顔認証ゲートは、2秒程度でチケット認証を完了でき、ゲートオープンの時間短縮や安全性向上に寄与しています(※3)。


アジアでは、香港で建設中のカイタックスポーツパークが注目されています。開閉式屋根を備えたメインスタジアムや複合施設を含め、政府主導でエリア一体開発が進められています(※5)。日本国内では、エスコンフィールドHOKKAIDOや長崎スタジアムシティのように、スタジアムを核とした複合施設で人々が日常的に楽しめる街づくりを目指す動きが見られます。地方自治体や民間企業が連携し、観客だけでなく地域住民にも開かれた施設づくりが進んでいます(※6)。


公共施設のスマート化は、日本再興戦略の一環として2025年までにスポーツ産業を15兆円規模に拡大する政策と連動しています(※7)。通信事業者やIT企業の参入も進み、スタジアム内外で観戦体験を向上させる取り組みが広がっています。ただし、地域間や施設規模による格差、資金調達の難しさなど、導入の普及には課題も残されています。
 


導入における主な課題

スマートスタジアム導入の大きなハードルはコストです。初期投資として、大容量ネットワークの整備や各種デバイス、AIを活用するシステムなどの費用が高額になる傾向があります。特に日本では、スタジアムの稼働率が高くない施設も多く、投資回収の見通しが立ちにくいことが課題です。SDKIの市場調査によれば、スマートスタジアム市場は2023年に約76億米ドル規模であり、データセキュリティの確保が進まない場合、市場での採用が妨げられると指摘されています(※8)。


近年はクラウド導入によって初期コストを抑える方法も検討されていますが、既存設備やインフラとの統合が難しく、運用体制の大幅な見直しが必要となる場合もあります。また、スタジアムでは大量の個人情報を扱うため、サイバー攻撃への対策が不可欠です。顔認証データや観戦履歴などのプライバシー情報の管理について、観客の不安も根強く存在します(※8)。


さらに、ハード面とソフト面の両立も課題です。高性能ネットワークを整備しても、それを活用する人材が不足していると、デジタル化の効果が十分に発揮されません。コロナ禍では無観客試合や人数制限の影響で、オンライン観戦やバーチャルイベントが拡大する一方、実際の施設への投資意欲が停滞する場面も見られました(※7)。
 




スマートスタジアム導入の進め方

導入計画の立案

まずはスタジアムの将来ビジョンを明確にし、必要な機能やサービスを整理することが重要です。スポーツ庁も「スタジアム・アリーナ改革」を推進し、周辺地域とのエリアマネジメントを重視した基盤整備を進めています(※9)。自治体やスポーツ団体、地域住民との意見交換を重ね、施設の運営方針を計画段階から明確にしておくことがポイントです。


既存施設の改修か新設かによって、導入計画の進め方は異なります。新設の場合は設計段階からICTやIoTを組み込むことができますが、既存施設では障害物や古い配線など技術的な課題への対応が必要です。資金計画では公共支援に加え、企業スポンサーや外部組織との連携が増えています(※9)。長期的には、多機能施設として稼働率を高めることで、投資対効果の向上を目指すシナリオが有効です。


また、周辺地域と一体化した街づくりの視点も重要です。単独のスタジアムだけでなく、複合商業施設やホテル、オフィスなどと連携し、収益源を多角化する流れが進んでいます。事業主体と自治体が連携し、多方面からの収入機会を確保することで資金負担を軽減できるため、導入計画ではリスク管理や責任分担の明確化が求められます。
 


必要な技術とインフラの整備

スマートスタジアムの基盤となるのは高速通信網であり、特に5Gの導入は不可欠です。KDDIが横浜スタジアムで5G環境を優先的に整備した事例では、人が多く集まる拠点から5Gの設置を進める方針が取られています(※7)。5Gは従来の20倍の通信速度を持ち、低遅延・多接続が可能です。スタジアムでは数万人規模の利用者が一度にアクセスするため、大容量通信に耐えられるインフラが前提となります。


ネットワークと連携するIoT機器には、AIカメラやセンサーが代表的です。カメラ映像のリアルタイム分析による混雑度の可視化や、入場ゲート・売店の誘導最適化が実用化されています。観客の安全確保の観点では、AIによる画像解析で不審行動を検知する技術も進んでおり、セコムとKDDIがラグビー大会の花園ラグビー場で実証実験を行った事例があります(※2)。


運用管理ではオンプレミスとクラウドの選択が必要ですが、デジタルサイネージや映像配信を多用する施設では大容量データを扱うため、安定した回線と高スペックサーバーへの投資が重視されることもあります(※8)。鹿島アントラーズFCのカシマスタジアムでは、スタジアム運営だけでなくクラブハウスや関連施設と一体でネットワークを構築し、業務効率化やクラウドでのデータ共有を実現しています(※10)。
 


運用体制の構築と人材育成

設備投資を行っても、運用管理を担う人材が不足していると効果が十分に発揮されません。顔認証やビッグデータ解析、AR技術の運用には、ITエンジニアやデータサイエンティストなど多様なスキルを持つ人材が必要です。スポーツ界では、こうした専門人材の確保が課題となることが多いため、自治体や民間企業、大学など教育機関と連携し、インターンシップや職業訓練を通じた人材育成が重要です。


また、施設運用のためのオペレーションルールの策定も欠かせません。特に緊急時対応やデータ保護のガイドラインは明確に定め、データの活用範囲や取得方法、匿名化や保存期間などを明文化し、利用者に説明する仕組みが信頼確保につながります。パートナー企業を「技術検証のラボ」と位置づけて連携する団体も増えています(※10)。


スポーツクラブは広告収入やチケット収入の変動リスクを抱えており、長期的な体制維持には柔軟な組織マネジメントが求められます。複合施設化を進めているスタジアムでは、売店やホテルなどと連携しながらICT部門を育成し、施設全体の運営効率を高める取り組みが行われています。稼働率の向上や収益源の多角化は、施設の活性化や地域貢献にもつながります。
 



成功事例から学ぶポイント

カシマサッカースタジアムの取り組み

カシマサッカースタジアムを運営する鹿島アントラーズFCでは、業務用Wi‑Fiをスタジアム内外の関連施設に整備し、DXを推進しています。従来はオフィス内だけで利用していた社内ネットワークをスタジアム全域に拡大し、チームや運営スタッフがどこからでも業務を進められる環境を整備しました(※10)。さらに多くのパートナー企業と連携し、顔認証の実証実験や暑さ指数のモニタリングなど、多方面での課題解決に取り組んでいます。


特に注目されるのは、チケットレス化や電子決済の導入によって得られる観客データの活用です。来場者の居住地やスタジアム内での行動データを分析することで、試合運営の効率化や混雑対策、マーケティング戦略の立案に役立てています。コロナ禍で非接触需要が高まったことで、利用者の抵抗感も下がり、導入が進みやすくなりました。顧客データをCRM(顧客関係管理)に接続することで、リピーター確保やスポンサー施策の精度向上にもつながっています。


業務面でもクラウド上でのドキュメント共有やSlackを活用した社内コミュニケーションが浸透し、場所を選ばない働き方が実現しています。紙の資料やメールを使わずに意思決定を行う例も増え、スタッフが競技や顧客サービスに注力できる体制が整いつつあります。大規模スタジアムでも柔軟な対応が可能となり、他施設へのモデルケースとして注目されています。
 


横浜DeNAベイスターズとKDDIの協業

横浜DeNAベイスターズは、野球をきっかけに地域のコミュニケーションを育む「コミュニティボールパーク」化を目指しています。その一環としてKDDIは5GやIoTを活用したプロジェクトを立ち上げ、横浜スタジアムでARスタンプラリーやデジタルサイネージなどのサービスを提供しました(※11)。ARスタンプラリーは専用アプリを使い、施設内のマーカーを読み取ることでスタンプを集め、コンプリートすると抽選で景品が当たる仕組みです。来場者のレジャー性を高める成功例となりました。


2020年には、仮想SNSを提供するCluster社と提携し、バーチャルな横浜スタジアムを構築。観客はアバターを使ってオンライン観戦に参加し、約3万人が利用するなど新しい観戦スタイルを提示しました(※7)。現地観戦とオンライン観戦の融合が今後さらに拡大することが見込まれます。


ARやクラウド技術の活用により、プロ野球の盛り上がりをリアル空間だけでなくインターネット上にも波及させる意義は大きいです。スタジアム外でも試合を楽しめる機会を提供することで、観客が来場するメリットを再確認する流れが生まれています。これは地域商業への好影響も期待され、スタジアムの枠を超えた価値創出につながっています。
 



おわりに

スマートスタジアム導入は、単なる最新技術の導入にとどまらず、地域経済や観光、日常利用など複合的な価値実現を目指す流れです。大きな投資が必要な分、計画立案から運用段階まで多角的に連携する姿勢が求められます。


今後はオンライン観戦や新たなデジタルソリューションとの併用も拡大していくでしょう。参考となる事例から学び、各地域や施設の特色に合わせたスタジアムDXを進めることが、スポーツの未来をより豊かにする鍵となります。
 


参照

(※1) 株式会社キャディアン | BIM・CIM・空間計測のスペシャリスト CADIAN – 【スマートスタジアム】ICTやIoTを活用した新しいスタジアム

(※2) 日本にまだない「スマートスタジアム」 モデルはメルセデス・ベンツ

(※3) Wicket – Smart Stadiums: How Cutting-Edge Technology is Redefining Sports Venues

(※4) JIG-SAWのIoT技術で何が変わる?サンディエゴのPetco Park(ペトコパーク)導入事例をご紹介!

(※5) 東洋経済オンライン – 今求められる「価値を生む」スタジアム・アリーナ 主催者や利用者に選ばれる「機能」とは

(※6) スポーツナビ – “日常に開かれたスタジアム”とは?スマート・ベニューが変える都市と地域の未来-行政から民間へ。スタジアム・アリーナ改革は都市と地域をどう変えるか?

(※7) BUSINESS NETWORK – スマートスタジアムのインパクト 5G・ICTで高度化する体験とビジネス|BUSINESS NETWORK

(※8) スマートスタジアム市場の発展、傾向、需要、成長分析および予測2024ー2036年

(※9) スポーツ庁ホームページ – 令和7年度 スポーツ産業の成長促進事業「スポーツコンプレックス推進事業(基本構想・計画支援事業)」の公募について:スポーツ庁

(※10) TECH+(テックプラス) – スマートスタジアム「カシマサッカースタジアム」が見据えるその先の未来とは

(※11) TECH+(テックプラス) – ベイスターズ×KDDI、5G時代のスマートスタジアム構築で協業


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