アスリートのセカンドキャリア成功事例5選と失敗しない進め方

セカンドキャリア設計に現役中から目を向けることが、引退後の人生を大きく左右します。ケガや契約により、突然引退する日が来ることも珍しくないため、競技に打ち込んでいる今のうちから備えておくことが重要です。

 

この記事では、セカンドキャリアの基本的な考え方から、実際の成功事例5選、そして陥りやすい失敗パターンまで、現場の声と具体的なデータをもとに解説します。現役アスリート本人はもちろん、指導者や支援に携わる方にも役立つポイントを押さえていきます。



アスリートのセカンドキャリアとは何か

「セカンドキャリア」と「デュアルキャリア」    

セカンドキャリアとは、アスリートが競技生活を終えた後に踏み出す新たな職業人生を指します。引退というひとつの区切りを経て、別の分野で働き始めることが前提になります。

 

これに対し、デュアルキャリアは競技と教育や仕事を同時に進める考え方です。デュアルキャリア体制は、選手の立場を保護・守りつつ、スポーツ選手としてのキャリア後の新しいキャリアの獲得を促進すべきだと位置づけられています(※1)。

 

つまり、デュアルキャリアは現役中の「並行設計」、セカンドキャリアは引退後の「移行設計」です。両者は対立する概念ではなく、現役中にデュアルキャリアを実践することが、引退後のセカンドキャリア設計を円滑にする土台となります。

 

自分が今どちらの段階にいるのかを意識し、それぞれに合った行動を整理しておくことが第一歩です。
 


なぜセカンドキャリア設計が必要なのか――短い現役期間と引退後のギャップ

現役期間は限られているため、引退後も見据えた人生設計が必要です。引退を自分の意志で選択できる人もいれば、ケガなどにより突然引退を余儀なくされる人もいます。アスリートには引退後も見据えた人生設計が必要であり、そのためには現役時代からのキャリア形成がとても大切です(※2)。

 

さらに、多くの選手は若くして高額収入を得る機会がある一方、怪我や病気による引退のリスクを常に抱えています。キャリアが予期せず終了する可能性もあり、収入が不安定な状態にさらされています(※3)。こうした現実があるからこそ、現役の間にセカンドキャリア設計へ着手しておく意味は大きいです。競技に集中しながらも、引退後の自分の姿を具体的に想像する時間を確保することが欠かせません。  
 


アスリートのセカンドキャリアを取り巻く課題と背景

■ 社会との断絶とキャリア教育の不足

スポーツ界以外との関係が薄くなりやすいことが、引退後のキャリア形成を難しくします。文部科学省の資料では、競技成績の向上を主眼に置くため、競技から離れたコミュニティや他競技とのつながりが少なく、引退後のキャリア形成に対する意識が低い点を指摘しています。特に女性アスリートは、ネットワークを開拓・拡大する機会が不足しているという声が多いとも記されています(※4)。

 

海外でも状況は似ています。2022年に実施されたウェブ調査(回答数1,694名)では、学生アスリートの61.0%がデュアルキャリアの概念を知らず、43.1%が競技後のキャリアについて一度も考えたことがないという結果が出ています(※5)。こうしたデータは、キャリア教育が競技生活の早い段階で行き届いていないことを示しています。現役中から競技以外の活動に触れる機会を意図的に作り、自分の将来像を考える習慣を持つことが求められます。
 


■ 収入変動リスクと金融リテラシーの欠如

お金に関する知識の不足も、セカンドキャリア設計を難しくする要因です。スポーツ選手の78%が引退後のライフプランを設計できていないという調査報告があります。キャリアの転換期は、突然の怪我や契約解除など予測できない形で訪れます(※3)。

 

元トップアスリートや直近の引退選手へのヒアリングでは、男性・女性でセカンドキャリアに対する意識の違いはあるものの、引退を検討する前からの教育を共通して要望しています。しかしJOCや中央競技団体において、ファイナンシャルリテラシーのような積極的なキャリア教育はなされていないのが実情です(※6)。収入が大きく変動する競技生活だからこそ、現役時代のうちに家計管理や資産形成の基本を学ぶ場を確保する必要があります。
 



セカンドキャリアの類型と選択肢


指導者・スポーツマネジメントへの道

セカンドキャリアの代表的な類型として、「選手がスポーツの能力で指導者になる」道と、「選手がスポーツのマネジメントで活躍する」道があります(※6)。指導者は最もイメージしやすい選択肢ですが、誰もがなれるわけではありません。

 

スポーツマネジメントの領域では、リーグ運営やクラブ経営、イベント企画など、競技そのものではなくスポーツを「支える」仕事が含まれます。選手時代に培った競技の内部知識や人脈は、こうしたマネジメント業務において大きな武器になります。自分が指導者向きなのか、組織を動かす仕事に興味があるのかを早い段階で見極めておくと、引退後の動き出しが速くなります。
 


競技経験を活かしたビジネスキャリア

「選手がスポーツの経験と能力でビジネス界で活躍する」道も、セカンドキャリアの重要な類型です。さらにスポーツの経験をあえて直接的に使わず、まったく異なるフィールドで力を発揮する「選手がスポーツの経験と能力を捨ててビジネス界で活躍する」型もあります(※6)。

 

アスリートは競技生活の中で壁を感じた時、新たな練習を試して技術を習得する、つまり課題を突破する力を持っています。加えて、それを粘り強く続ける試行錯誤のタフネスも備えています。これらは社会に置き換えても希少なスキルであり、アスリートこそ新しい価値を生み出す人材になり得ると考えられています(※2)。ビジネスの現場でどのように自分の強みを言語化できるかが、転身の成否を分けるポイントです。  
 


起業・資産運用という選択肢

起業や資産運用によって自ら収入源を築く選択肢もあります。企業に雇用される道だけがセカンドキャリアではありません。海外ではこの道で成果を上げた例が知られています。

 

元MLB選手のデレク・ジーターは資産運用やビジネスの分野でも成功をおさめています。また元NBA選手のシャキール・オニールは引退後に投資家として活動を始め、多くのスタートアップに投資して巨額の資産を築きました(※3)。ただしこれらは十分な金融知識と専門家のサポートがあってこその結果です。起業や投資を視野に入れる場合、現役中から信頼できる相談先を持ち、小さな学びを積み重ねることが欠かせません。  
 


アスリートのセカンドキャリア成功事例5選

■ 事例1:ANAの社員アスリート制度――引退後もほぼ全員が社業で活躍

全日本空輸(ANA)の社員アスリート制度は、採用段階からセカンドキャリアを見据えた仕組みを取り入れています。「引退後も社内に残ってくれる人かどうか」を大きな採用基準に置き、競技活動の経費負担や勤務日数の優遇といったアスリート支援の期間を原則5年と設定しています(※7)。

 

さらに、キャリア支援室によるキャリアカウンセラーとの面談を通じて、5年後・10年後の自分を考えてもらう機会を設けています。社内を探索し、将来の仕事イメージを持ってもらうことも目的のひとつです。社内をよく知ることが定着と活躍につながるという考え方が根底にあります(※7)。現役中から社内に居場所を作る設計は、他の企業にとっても参考になる仕組みです。
 


■ 事例2:JOC「アスナビNEXT」――酒井裕唯さんの営業職への転身

JOCが運営する「アスナビNEXT」は、現役アスリート向け就職支援「アスナビ」の引退選手向けプログラムとして2016年度にスタートしました。現役を引退したアスリートが次のステージへスムーズに移行するための支援を行う制度です(※8)。

 

このプログラムを活用して営業職への転身を果たした酒井裕唯さんは、ショートトラックスピードスケートの選手として2010年バンクーバー、2014年ソチと冬季オリンピックに2大会連続出場しました。2012年のワールドカップでは1000m年間総合優勝も達成しています(※8)。世界レベルで戦ったアスリートであっても、専門的な支援制度を通じて自分の強みを棚卸しし、新しい職種にスムーズに移行できる道があることを示しています。
 


■ 事例3:オリエントコーポレーションのアスリート社員――競技経験を社内活性化に還元

オリエントコーポレーションは、人事風土改革の一環としてアスリート社員を迎え入れ、社内活性化を狙いました。採用に踏み切ったきっかけは2016年の中期経営計画で、社内に停滞感のようなものを感じており、アスリート社員を迎え入れることで社内を活性化する方針が決まりました。その結果、20251月時点で陸上選手が7人在籍しており、うち5人はJOCの就職支援制度「アスナビ」を経由しています(※9)。

 

最初のアスリートが入社して間もなく8年を迎えますが、まだ引退した選手はいません。今後、引退して社業に専念した際に、競技で培った集中力や発想力、行動力を業務に活かしてもらうことが期待されています(※9)。採用の目的を「組織の活性化」と明確にしたうえで長期的な受け入れ体制を整えた点は、企業側のセカンドキャリア設計への関わり方としてひとつの手本といえます。
 


■ 事例4:日本プロサッカー選手会のPDP――現役中から「1つのキャリア」として支援

日本プロサッカー選手会は、競技と引退後を「1つのキャリア」として捉える支援を行っています。プロサッカー選手には、ケガ、契約・移籍、環境変化、若手の成長など予期せぬ転機が多く、引退時期も早い傾向があります。そのため、選手育成プログラム(PLAYER DEVELOPMENT PROGRAM:PDP)を通じて、現役生活中からスキルアップや引退後のキャリア、人脈づくりの相談をサポートする体制を整えています(※2)。

 

「セカンドキャリア」と区切ることで引退後の話を後回しにしてしまう心理的な壁を取り除き、現役中の延長線上にキャリア全体を据えるこの発想は、他の競技団体にも応用できる視点です。選手が孤立せずに相談できる窓口を選手会が持つことで、早い段階から将来の選択肢を広げる土台ができています。
 


■ 事例5:日本陸上競技連盟のライフスキルトレーニングプログラム

日本陸上競技連盟は、統括競技団体の立場から「ライフスキルトレーニングプログラム」に取り組んでいます。このプログラムは開始から6年目を迎えており、企業・アスリート・指導者それぞれが持つ課題を横断的に支援することをテーマに掲げています(※2)。

 

アスリート個人だけでなく、受け入れ側の企業や日々接する指導者も巻き込んでプログラムを設計している点が特徴的です。セカンドキャリア設計は選手ひとりの問題ではなく、周囲の環境がそろって初めて機能します。競技団体が企業と指導者をつなぐハブの役割を果たすことで、選手が社会に出る際の摩擦を減らす仕組みを実現しています。
 


失敗しないセカンドキャリアの進め方

■ 現役時代から始めるキャリア設計のステップ

セカンドキャリア設計は、現役のうちから始めることができます。JOCの「アスナビNEXT」では、主な施策として「キャリア意識調査」「キャリアデザインセミナー」「独立開業セミナー」「キャリアカウンセリング」を実施しています。引退後の自分をイメージできていないアスリートに対し、現役のうちからキャリアデザイン力、つまり将来を構想する力を高めて準備することを目的としています(※8)。

 

具体的に動き出すための手順は、

1, 自分の競技経験で培った強みを言葉にすること
2, 興味のある分野の情報を集めること
3, 支援制度やセミナーに実際に参加してみること

です。アスリートは競技生活の中で壁を乗り越えるためにPDCAを回してきた経験がありますが、その力をキャリア設計にも転用することが大切です。競技と同じように「小さく試して修正する」サイクルを回すことで、引退後の選択肢を着実に広げることができます。
 


■ 支援制度・相談窓口の活用方法

JOCの「アスナビ」は、企業と現役トップアスリートをマッチングする無料の就職支援制度です。2025年11月4日時点での就職実績は延べ243社・団体に442名にのぼります(※10)。現役選手が対象のアスナビに加え、引退選手向けの「アスナビNEXT」も用意されているため、自分の状況に合った窓口を選べます。

 

支援制度を使ううえで大切なのは、「紹介されるのを待つ」のではなく、自分から情報を取りに行く姿勢です。キャリアカウンセリングやセミナーは、参加して初めて自分の考えが整理される場面が多くあります。所属する競技団体にキャリア相談の窓口があるかを確認し、なければJOCや選手会の制度を直接調べてみてください。行動の起点を自分で作ることが、セカンドキャリア設計の成否を分けます。
 



セカンドキャリア設計で陥りやすい失敗と注意点

 「指導者一択」思考と視野の狭さ

指導者だけに進路を絞ると、選択肢が狭まりやすい点に注意が必要です。引退後の進路として真っ先に浮かぶのが「指導者になる」という選択肢ですが、その道がすべての選手に開かれているわけではありません。仮に1人の顧問が30年間の指導者生活で累計600人の選手を育成して引退するとすると、その中で部活の顧問になれる選手は例外的な存在です。このことから、選手全員に「その競技で指導者になる」というライフプランを持たせてはならないと指摘されています(※6)。

 

さらに、アスリート側には「気合い・やる気・体力=営業職」というような固定概念があり、社会が抱くアスリート人材の能力への認識とのあいだにミスマッチが生じているという指摘もあります(※2)。指導者や営業といった限られた選択肢だけに目を向けるのではなく、自分が持つ課題解決力やPDCAを回してきた経験をどの分野で活かせるかを、幅広く検討する姿勢が欠かせません。
 


甘い投資話・資産トラブルへの警戒

資産トラブルは、引退後に直面しやすいリスクのひとつです。スポーツ・イラストレイテッド誌の報道によれば、NFL選手の78%は引退後2年以内に自己破産またはファイナンシャルストレスに苛まれており、約6割のNBA選手は引退後5年以内に資産がなくなるとされています(※3)。

 

こうしたデータは米国の事例ですが、現役時代に高い収入を得ていた選手ほど、引退後の収入減を甘く見積もりがちな面もあります。「アスリートとしてのキャリアを詰めきれていないのに、セカンドキャリアを考えることにギャップがある」という問題意識も現場にはあります。加えて、自分が持つ課題解決能力の高さに気づけていないアスリートも多いと指摘されています(※2)。根拠のない投資話に飛びつく前に、まずは自分の能力と市場価値を正しく把握し、信頼できる専門家に相談する習慣をつけることが資産トラブルの防止につながります。  
 



おわりに    

セカンドキャリア設計は、アスリートとしての経験を次の人生に接続するための「始まり」です。現役中からの小さな行動が、引退後の選択肢の数と質を大きく変えます。

 

支援制度を調べる、キャリアカウンセリングを受けてみる、競技関係者以外の人と話してみる。どれも今から始められることばかりです。まずは一歩踏み出し、自分のキャリア全体を俯瞰する時間をつくってみてください。
 


参照

 (※1) Publications Office of the EU – EU guidelines on dual careers of athletes – Publications Office of the EU

(※2) スポーツ庁 Web広報マガジン|DEPORTARE – スポーツ庁 Web広報マガジン|「Athlete Career Challenge カンファレンス2025」~競技の枠を超えアスリートと共に考えるアスリートの未来~

(※3) スポーツ選手のための資産運用ガイド|現役から引退後までの戦略を徹底解説 – FPメディア

(※4) https://www.mext.go.jp/sports/content/20230530-spt_sposeisy-000013625_1.pdf

(※5) Frontiers | Articles – Frontiers | Supporting coach-led dual career guidance for student-athletes: validation of the web-based Japanese version of the dual career competency questionnaire for athletes

(※6) 笹川スポーツ財団 – アスリートの能力をビジネス界で開花させる:セカンドキャリア問題を少し解決するために SPORT POLICY INCUBATOR(28) – 笹川スポーツ

(※7) JOC – 日本オリンピック委員会 – アスナビ採用事例vol.3 社員アスリートの発信機会が、活躍と定着につながる|JOC – 日本オリンピック委員会

(※8) JOC – 日本オリンピック委員会 – アスリートのセカンドキャリア支援「アスナビNEXT」:酒井裕唯さん(スケート/ショートトラック)の採用が決定|JOC – 日本オリンピック委員会

(※9) JOC – 日本オリンピック委員会 – アスナビ採用事例vol.1 試行錯誤を重ねて拡げた応援の輪|JOC – 日本オリンピック委員会

(※10) JOC – 日本オリンピック委員会 – トップアスリート就職支援ナビゲーション 「アスナビ」による選手の就職決定、内定について|JOC – 日本オリンピック委員会



関連する展示会

チーム運営支援EXPO

チームの成長と運営力を強化するソリューションをもった企業が出展する展示会です。


関連する記事