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海外選手に学ぶパーソナルブランディング戦略|アスリートがセルフプロデュースで価値を高める方法
競技成績だけでアスリートの価値が決まる時代は終わりつつあります。SNSで直接ファンとつながれるようになった今、競技場の外でどんな姿を見せるかが、スポンサー獲得や引退後のキャリアにまで影響を及ぼします。
この記事では、海外のトップ選手が実践してきたパーソナルブランディングの考え方と具体的な手法を整理し、自分の価値を自分で高めるために押さえるべきポイントを紹介します。
アスリートのパーソナルブランディングとは何か
パーソナルブランドの定義と「評判」との違い
パーソナルブランドという言葉は「評判」と混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。評判は周囲が自然に抱く印象であるのに対し、パーソナルブランドは自らが意図的に設計するものです。個人の特性の組み合わせから自分自身の肯定的な印象を作り、位置づけ、維持するための戦略的プロセスです(※1)。
つまり、パーソナルブランドは「たまたま好かれている状態」ではなく、自分の強みや物語を意識的に発信し続ける行為そのものを指します。アスリートがこの違いを理解した上で、まず自分のブランドを「つくる対象」として捉え直すことが出発点になります。
アスリート特有のブランド構成要素――競技力・人間性・ストーリー
アスリートのパーソナルブランドは競技力を土台にしながらも、それだけでは成り立ちません。ある研究では「パーソナルブランドは非常に豊かで、人間としてのアイデンティティが関わってくる」と述べられており、倫理的な姿勢に対する社会の期待、さらには選手の社会的な人間関係までが消費者の評価対象になると指摘しています(※2)。
また、強いパーソナルブランドを持つアスリートはスポンサーシップや協働といった経済的機会へのアクセスを得やすく、そのブランドが製品の信頼性を高め、マーケティングの資産になることも指摘されています(※3)。
アスリートがパーソナルブランディングに取り組む際は、競技成績だけでなく、自分の人間性や歩んできた道のりをどう言葉にして届けるかを具体的に検討する必要があります。
なぜ今アスリートにセルフプロデュースが求められるのか
スポーツ視聴のマルチプラットフォーム化とファン接点の変化
NIL制度の登場と経済的自立の必要性
アスリートのセルフプロデュースを後押しした制度的な変化として、名前・画像・類似性(Name, Image and Likeness:NIL)の仕組みがあります。NILとは、選手が自分の名前・画像・類似性の使用に対して報酬を受け取ることを認める制度です。カリフォルニア州では2019年9月30日にこの制度を合法化する法案が可決されました。NCAA(全米大学体育協会)は当初、NILは大学スポーツにとって有害だと考えていたにもかかわらず、2019年末までには20以上の州がNILを合法化しています(※6)。
こうした流れの背景には、マーケティングとパーソナルブランドの活用によって大学アスリートが報酬を得るべきだという考え方があります。デジタルプラットフォームがファンへの直接的な関与を可能にし、AIツールがコンテンツ制作コストを引き下げつつグローバルなリーチを拡大している現状では、選手がメディア生産者、インフルエンサー、起業家として行動する場面が増えています(※7)。
競技を離れた後の経済的基盤をつくるためにも、現役のうちから自分のブランドを資産として育てる意識を持つことが欠かせません。
海外選手に学ぶパーソナルブランディング戦略
SNSを軸としたファン直接コミュニケーション戦略――イロナ・マーのSNSの活用
アスリートのパーソナルブランディングにおいて、SNSでのファンとの直接的なやり取りは中心的な役割を果たしています。(※5)。
米国の7人制ラグビー選手イロナ・マーは、TikTokやInstagramで競技の結果だけでなく、体型肯定や女性アスリートとしての悩み、日常のユーモアまで発信し、ファンとの距離を縮めてきました。本人も、女子ラグビーでは競技収入だけで成り立ちにくい現実から、SNSを認知拡大と収益化の手段として意識していたと語っており、直接発信が個人ブランドの中心になった事例といえます(※8)。
ファンは企業が作り込んだコンテンツよりも、選手本人の言葉や日常の一場面に共感します。練習風景の動画やオフの過ごし方など、自分自身の声で語る投稿を計画的に設計することが、パーソナルブランディングにおける発信の基本動作になります。
エンドースメントとスポンサーシップの使い分け――それぞれを活用するルイス・ハミルトン
スポンサーシップと推薦契約(エンドースメント)はどちらもスポーツマーケティングの手法ですが、目的と仕組みが異なります。スポンサーシップは、ブランドがチームや大会、リーグに対して資金や物品を提供し、ユニフォームのロゴや会場のバナー、放映権を通じてブランド露出を得る幅広い提携です。一方、エンドースメントは個々のアスリートがブランドの製品を推薦し、選手個人の信頼性と発信力を使ってブランドの認知度や売上を高める手法です(※3)。
ルイス・ハミルトンは、F1のドライバーとして2024年にCFIのグローバルブランドアンバサダーに就任し、自身の知名度や競技イメージを企業価値と結びつけるエンドースメントを行っています。一方で、自ら設立したMission 44では、教育やSTEM機会の拡大を目的に企業・団体と連携しており、こちらは社会的活動を継続的に支えるスポンサーシップとして位置づけられます。両者を分けて設計している点が特徴です(※9)(※10)。
アスリートがパーソナルブランディングを進める際は、自分のブランドイメージに合う契約形態はどちらかを見極め、スポンサーとの関係性をどの範囲で築くかを事前に整理しておく必要があります。
競技外のビジネス展開――セリーナ・ウィリアムズのVC事業に見る起業家モデル
パーソナルブランディングの延長線上として、競技外でのビジネス展開に踏み出す海外アスリートも増えています。テニス選手のセリーナ・ウィリアムズが設立したベンチャーキャピタルは「私たちの生活・仕事・移動・つながりを再形成する大胆な創業者を支援する」というミッションを掲げ、グローバルな視点で投資を行っています。その目的はアクセス・所有権・機会を大規模に拡大することだと明示されています(※11)。
強力なパーソナルブランドはスポンサーシップや協働といったさまざまな経済的機会へのアクセスを開き、アスリートが企業と取引を結んで財政的安定と豊かな未来を確保する武器になります。競技で培った知名度をビジネスの信用に転換するモデルとして、自分のブランドをどの領域に展開できるかを検討してみてください。
パーソナルブランドを事業と社会的価値に変える戦略
サッカーのアレックス・モーガン、スノーボードのクロエ・キム、競泳のシモーネ・マニュエル、バスケットボールのスー・バードは、2021年に女性スポーツに特化したメディア・コマース企業「TOGETHXR」を立ち上げました(※12)。
TOGETHXRは、女子スポーツに対する報道や投資の少なさという課題に対し、選手個人の知名度を、物語発信・コミュニティ形成・商品販売へと広げた事例です。公式サイトでも、同社は女性スポーツへの平等な権利、報道、投資を掲げています。さらに2026年時点では、400万人超のソーシャルフォロワーと20万人超のニュースレター登録者を持ち、関連商品だけで600万ドル超の売上を生んでいます。個人ブランドを競技外の事業と社会的価値に転換した代表例といえます(※13)。
アスリートの市場価値を測る指標と判断基準
SMARTスコアとインフルエンサースコアの仕組み
アスリートの市場価値を感覚ではなく数値で捉えるための指標がいくつか存在します。SMARTスコアは、親しみやすさ、好感度、ネガティブな認識といった複雑な要素を単一の数字に凝縮したアスリート評判トラッカーです。ブランドにとっては、ファンと本当に結びつき結果を生み出す選手を見つけ出すための手法として位置づけられています(※14)。
もう一つの代表的な指標として、Nielsenが独自に開発したインフルエンサー選定・測定フレームワークがあります。これは大規模なSNSデータを活用し、関連性・リーチ・リターン・共鳴という4つのデータポイントからアスリート・インフルエンサー・スコアを算出するものです。SportsProの「最もマーケティング力の高いアスリート50人」リストは、この手法に完全に基づいて作成されています(※15)。
パーソナルブランディングを進めるアスリートにとって、自分のブランド力がどの指標で、どう測られているかを把握しておくことは、スポンサー交渉や戦略の見直しに直結します。
フォロワーの質を測定する仕組み
アスリートの市場価値を判断する際は、フォロワー数の多さだけでなく、「誰に届いているか」「どれだけ反応を生んでいるか」を見る必要があります。
Nielsenの評価フレームでは、ソーシャルフォロワー数だけでなく、コンテンツへの反応、ファンベースの成長、メディア価値、ブランド投稿と通常投稿のパフォーマンスまで含めて評価しています。また、フォロワーの質は、スポンサーが狙う属性とフォロワー層が合っているか、コメントや反応に自然さと熱量があるか、発信内容が本人らしく受け取られているかといった観点も測定しています(※15)。
さらにNielsen SportsのFan Insightsでは、ファンの居住地や関心、購買行動、ブランド認知など100超の変数を横断的に把握できるとしており、実務では「多いフォロワー」よりも「狙った相手に届き、スポンサー効果につながるフォロワー」が重視されます(※16)。
真正性(オーセンティシティ)の確保と失敗を防ぐ注意点
「本物らしさ」が最大の武器になる理由
私生活の露出リスク
アスリートのパーソナルブランドは競技場の外での行動にも大きく左右されます。ある研究では、ESPNがNFLクォーターバック選手の私生活について投稿した3つのFacebook投稿への消費者反応が分析されました(※2)。
この研究が明らかにしたのは、消費者がアスリートの競技パフォーマンスだけでなく社会的な人間関係までを評価対象にしているという点です。私生活の情報がメディアに出たとき、ファンがどう反応するかはコントロールしきれません。発信する内容と公にしない部分の線引きを、事前にチームやマネジメントと話し合っておくことがリスク管理の基本動作になります。
AI時代の「拡張された真正性」と語り手としてのアスリート
AIの進化は、パーソナルブランディングのあり方にも新たな論点を生んでいます。「拡張された真正性」という概念を導入した研究では、人間の語りと機械生成コンテンツの双方を通じたアスリートのアイデンティティの共創が論じられています。現在のアスリートはデジタル・プロデューサー兼自立起業家として活動でき、AIを活用してファンとの交流(エンゲージメント)をスケールさせ、コンテンツを個別化し、ファンとの関係を深めているとされています(※18)。
デジタルプラットフォームはファンへの直接的な関与を可能にし、AIツールはコンテンツ制作コストを引き下げつつ相互作用を個別化し、グローバルなリーチを拡大しています。選手がメディア生産者や文化的影響力者として行動する力のバランスが変化している状況にあります(※7)。
AIを活用しつつも、自分の物語の主導権を手放さないためには、どの部分をAIに任せ、どの部分は自分の言葉で語るかという判断基準を明確にしておくことが求められます。
パーソナルブランド構築の実践ステップ
自己分析からブランドストーリーを言語化するプロセス
パーソナルブランディングを始めるとき、最初の作業は自己分析です。米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)はTeam USAのアスリート向けに、パーソナルブランドストーリーをどう考えるか、SNSに何を投稿すべきか、初期のパーソナルブランディング目標をどう設定するかについての実践的な情報を提供しています(※19)。
具体的には、自分の競技への想い、転機となった出来事、大切にしている価値観を書き出し、それらを一貫したストーリーに編み上げる作業が求められます。紙に書く、信頼できるチームメイトやコーチに聞いてもらう、動画で話してみるなど、手段は何でも構いません。言葉にすることで「自分が届けたい印象」と「相手が受け取る印象」のずれを確認できます。
プラットフォーム選定とコンテンツ設計のポイント
発信の場は、ブランドストーリーに合うプラットフォームから選ぶことがポイントです。USOPCのシリーズでは、TikTok、Instagram(Meta)、Snapchat、YouTubeなど、さまざまなSNSプラットフォームの専門家からアスリートが直接話を聞く機会が設けられています(※20)。
コンテンツの設計においては、ファンが求める関わり方も踏まえる必要があります。調査によると、ファンコミュニティの54%がブランドから会員向け特典制度(ロイヤリティプログラム)を通じた接触を求めている一方で、実際にSNSでロイヤリティプログラムを活用しているブランドは44%にとどまっています。また、ブランドの42%がロイヤリティプログラムと特典プログラムを投資対効果の最も高いSNS施策だと回答しています(※5)。
プラットフォームごとの利用者層と機能の違いを比較し、自分のブランドストーリーを最も自然に届けられる場所を選ぶことが、発信を継続するためのカギになります。
おわりに
アスリートのパーソナルブランディングは、競技力を土台にしながら、人間性やストーリーを自分の言葉で届ける戦略的なプロセスです。海外選手の事例が示すように、SNSでの直接発信、エンドースメントの活用、さらには起業家としての事業展開まで、そのかたちは多様に広がっています。
まずは自己分析でブランドストーリーを言語化し、発信するプラットフォームを選び、本物らしさを軸にしたコンテンツを一つずつ積み上げてみてください。競技場の外で築いた価値は、現役の間も引退後も、選手自身を支える資産になります。
参照
(※1) German Sport University Cologne – Athlete brand identity, image and congruence: A systematic literature review – German Sport University Cologne
(※2) KU News – Featured news and headlines | KU News
(※3) Lindenwood University – Impact of Sponsorship and Endorsements in Sport Management | Lindenwood University
(※4) Nielsen – Nielsen reveals exclusive new data and insights in annual “Tops of Sports” report | Nielsen
(※5) Deloitte Insights – Social media and sports | Deloitte Digital
(※6) The562.org – COLUMN: A Student-Athlete’s Perspective on NIL and Other NCAA Changes – The562.org
(※7) Frontiers | Articles – Frontiers | Platform power, athlete branding, generative AI, and the future of sport governance—a systematic review
(※8) https://www.reuters.com/sports/american-maher-says-her-popularity-was-born-out-financial-necessity-2024-12-06/
(※9) SPORTFIVE – sportsmarketing agency – Lewis Hamilton unveiled as CFI’s Global Brand Ambassador | SPORTFIVE – sportsmarketing agency
(※10) Mission 44 – Our Mission – Mission 44
(※11) Serena Ventures – Serena Ventures | Early-Stage VC Firm Founded by Serena Williams
(※12) Togethxr – About – Togethxr
(※13) Togethxr – TOGETHXR Makes Equity Investment in Sportsish with Strategic Partnersh – Togethxr
(※14) https://monitor.kantar.com/the-smart-score-why-global-icons-still-face-a-us-recognition-gap/
(※15) Nielsen Sports – 50 Most Marketable Athletes – Nielsen Sports
(※16) Nielsen Sports – Fan Insights – Nielsen Sports
(※17) permq02jrnllogo5.eps
(※18) Frontiers | Articles – Frontiers | Augmented authenticity in athlete branding through human-AI co-production
(※19) Athlete Marketing Classroom Lesson #7: Personal Branding 101 | USOPC
