ファンが増えないチームは何を間違えているのか:地域密着×ファンマーケティングでエンゲージメントを伸ばす実践ガイド
スポーツチームの経営において、ファン獲得は収益の土台です。しかし、SNSでの発信やイベントを続けても観客数が伸びないと悩む現場は少なくありません。なぜ施策を打ってもファンが増えないのか、そしてどこに手を入れれば状況を変えられるのか。
鍵となるのは、地域密着を起点としたファンマーケティングの設計と、ファンとの双方向の関わりを示すエンゲージメントの深化です。本記事では、国内外の事例やデータを交えながら、ファンが増えないチームが見落としがちな構造的課題と、エンゲージメントを伸ばすための実践手法を整理していきます。
ファンマーケティングの定義と前提
ファンマーケティングとは何か
ファンマーケティングとは、企業や商品、ブランドに対して愛着や信頼を持つファンを増やし、中長期的に売上を確保していくマーケティング手法です。熱狂的なファンは他の企業や商品に気移りすることなく、常に良い影響をもたらしてくれることが期待できます(※1)。
スポーツの文脈に置き換えると、チケットやグッズを一度買って終わりではなく、シーズンを通じてスタジアムに足を運び、周囲にもチームの魅力を伝えてくれる存在がファンにあたります。こうしたファンとの関係を意図的に設計し、育てていく活動がファンマーケティングの核です。
短期的な広告投下で一時的に集客を増やす手法とは異なり、ファンマーケティングは関係の「深さ」と「長さ」に焦点を当てます。そのため、施策の効果が数字に表れるまでに時間がかかる反面、一度築いた関係が崩れにくいという特徴を持ちます。
エンゲージメントの本質と関連概念
エンゲージメントとは、顧客が企業やブランドに対して示す「関わりの深さ」や「継続的なつながりの強さ」を表す指標です。単に製品を購入したりサービスを利用したりするだけでなく、企業に共感し、積極的に関わろうとする姿勢が含まれます(※2)。
スポーツチームにおけるエンゲージメントは、試合観戦やグッズ購入にとどまらず、SNSでの応援投稿、ファン同士の交流、地域イベントへの参加など、多面的な行動として現れます。試合の勝敗だけに左右されない「チームとの結びつき」をどう育てるかが、ファン獲得の持続性を左右します。
エンゲージメントと混同されやすい概念に、顧客体験があります。顧客体験は、顧客が商品やサービスと接触するすべてのプロセスにおける体験価値の総称です。一方でエンゲージメントは、その体験価値の中からさらに深まった段階で、顧客がブランドに感じる愛着や積極的な関与を指すケースが多いといえます(※3)。つまり、良い体験を提供するだけでは足りず、その体験が「自分ごと」として感じられたときにエンゲージメントへ転換します。
ファンが増えない構造的背景
市場環境と消費者行動の変化
スポーツ以外の余暇を楽しむコンテンツが増えるなど、市場環境の変化がファン獲得を難しくしています。スタジアムに足を運びグッズを購入するような熱心なファンを創出するためには、ターゲット層に適切な情報を発信するマーケティング戦略が不可欠です(※4)。
加えて、国内人口の減少やWeb広告費の高騰を背景に、新規顧客の獲得が年々難しくなっています。こうした環境のなかで、既存顧客との関係性を深め、LTV(顧客生涯価値)を高める手法としてファンマーケティングへの関心が高まっています(※5)。
また、従来の「モノを所有することを幸せ」とする画一的な価値観ではなく、自身の消費行動を他者に共有したり、社会的な課題に貢献することに価値を感じたりする消費活動が見られています。SNSや口コミサイトなどでの情報収集と発信が気軽にできるようになり、消費者の声が企業のビジネスにも影響するようになりました(※1)。こうした変化を踏まえると、チーム側が一方的に魅力を語るだけでは、ファン獲得につながりにくい構造が生まれています。
一方通行の発信が招く停滞
発信が「チームからファンへ」の一方通行に偏ると、エンゲージメントは深まりにくくなります。ファンマーケティングに取り組む現場では、戦略立案やデータ分析、継続的なコンテンツ制作など、運用面において課題を抱えている企業も少なくありません(※5)。戦略が不在のまま情報を出し続けると、発信は「チームからファンへ」の一方通行になりがちです。
一方通行の発信が続くと、ファンが受け取る情報は「自分向け」と感じにくくなります。エンゲージメントが生まれるには、ファンの側からもチームへ働きかけたいと思える接点が必要です。たとえば試合情報を一斉送信するだけでは、購買履歴も行動履歴も活かされず、個々のファンに響く提案になりません。
構造的な問題は、発信の量ではなく「設計の不在」にあります。誰に、何を、どのタイミングで届けるのかを決める仕組みがなければ、施策を増やしてもエンゲージメントは深まりにくいのです。
地域密着がエンゲージメントを生む仕組み
Jリーグが示す地域密着モデル
地域密着は、試合の勝敗だけに左右されないエンゲージメントを育てる土台になります。Jリーグが目指す「地域に根ざしたスポーツクラブ」とは、ホームタウンの市民・行政・企業が三位一体となった支援体制を持ち、その町に不可欠の存在として発展するクラブのことです。Jリーグは、Jクラブが地域に根ざしながらホームタウンのシンボルとして存在するところに、スポーツエンターテインメント以上の価値があると考えています(※6)。
この考え方の背景には、試合の勝敗だけではファンとの関係が持続しないという現実があります。チームが地域課題に取り組む存在として認識されると、試合結果に関係なく「応援し続ける理由」が生まれます。
ホームタウン活動とファンコミュニティ形成
ホームタウン活動の積み重ねが、地域住民との日常的な接点をつくり、ファンコミュニティ形成につながります。地域密着を掲げるJリーグは、これまで地道にホームタウン活動、そして社会連携活動に取り組んできました。クラブは、スタジアムやクラブの関連施設、地域においてハブとしての役割を担っており、60を数えるJクラブは、それぞれの地域を中心に年間3万2,000回以上のホームタウン活動を行っています(※7)。
この取り組みは、1クラブで平均500回以上、リーグ全体で約30,000回という説明もあります。学校訪問、清掃活動、防災啓発といった試合とは直接関係のない活動が、「あのチームはいつも街にいる」という認識を地域住民に生みます(※8)。
この日常的な接点の積み重ねが、試合日にスタジアムへ足を運ぶ動機となり、やがてファンコミュニティの形成につながります。チームが地域のハブとして機能するほど、ファン同士の横のつながりも生まれやすくなり、エンゲージメントは個人とチームの関係だけでなく、ファン同士の関係へも広がっていきます。
エンゲージメントを高める実践手法
データ活用とパーソナライズ配信
データを施策設計に反映することが、エンゲージメント向上の前提になります。JリーグIDの会員数は429万人に達し、アプリ、チケット、EC、LINEミニアプリ、クラブ独自サービスなどのIDを統合した結果、会員数は合計400万件を突破しました。IDの統一化によって、より効率的にファンの育成施策を実施でき、月間のアクティブな利用者が100万人以上を維持できています(※9)。
一方、国内ラグビーの現場では、顧客履歴データの保持が以前のツールよりも充実し、メール配信時の対象グループの設定の自由度や操作性も上がったことで、施策の幅が大きく広がったという声があります。ラグビーは野球やサッカーほど年間の試合数が多くないため、顧客の購買履歴や行動履歴の一つひとつがとても大切になります(※4)。
IDを統合して行動データを一元化する手法と、少ない接点を丁寧に分析する手法では規模感が異なりますが、共通するのは「ファン一人ひとりの行動を見て、最適なタイミングで最適な情報を届ける」という考え方です。データを持つだけでなく、配信設計に反映できて初めてエンゲージメントの向上につながります。
参加型キャンペーンとゼロパーティデータ
ファンが自ら提供するデータ(ゼロパーティデータ)は、エンゲージメントを高めるうえで強力な武器になります。ゼロパーティデータとは、アンケート回答や嗜好登録など、ファン自身が意図的に提供するデータのことです。
米国のエルパソ・ロコモティブは、初年度のデジタル施策を通じてファンのデータベースを構築し、チケット収入の大部分をそこから生み出しました。こうしたキャンペーンを通じて獲得したファンは、全チケット販売の約20%を占め、さらにファンゾーン経由のチケット購入者のうち57%がシーズンチケットを購入しました。チーム全体のシーズンチケット購入率が約48%であったのと比較すると、参加型施策で獲得したファンのほうがより深い関与を示しています(※10)。
ファンが能動的に情報を提供する仕組みを設けると、チーム側はより精度の高い提案ができ、ファン側は「自分の好みが反映されている」と感じます。この双方向性こそが、一方通行の発信とは異なるエンゲージメントの源泉です。
ファンデベロップメント戦略の設計
ファンが自発的に口コミを広げ、新たなファンを連れてくる循環をつくることが、ファンマーケティングの到達点の一つです。フライホイールモデルと呼ばれるビジネスモデルでは、顧客を中心に据え、優れた顧客体験を提供し続けることで事業を継続的に成長させます。満足した顧客は、サービスの継続利用や上位プランへの移行、関連商品の購入といった形で利益をもたらすだけでなく、自発的に口コミを発信したり知人に紹介したりする「推奨者」へと変わっていきます(※11)。
スポーツチームに当てはめると、初めてスタジアムを訪れた観客がリピーターになり、やがてシーズンチケットを持ち、友人を誘って来場するという流れがこれにあたります。各段階でファンが次のステップに進むための施策を設計することが、ファンデベロップメント戦略の骨格です。
この設計においては、データ活用と地域密着が両輪になります。データで個々のファンの段階を把握し、地域での接点を通じて次の行動を促す。この連動があって初めて、エンゲージメントが一過性ではなく持続的な成長の原動力になります。
失敗例と注意点
コアファン偏重による閉鎖化
コアファン偏重は、新規ファンが入りにくい雰囲気を生むことがあります。ファンマーケティングによりコアなファンを育成することはさまざまな利点につながりますが、一方でコアなファンによる閉鎖的なコミュニティが構築されてしまい、新規ファンの獲得に影響が出るという懸念点もあります。コアなファンだけの集まりにならないよう、企業がコミュニティスペースにおいてかじ取りを行う、コミュニティ内のルールを設定するなどの工夫が必要です(※1)。
スポーツチームの現場でありがちなのは、熱量の高いサポーター向けの施策ばかりに資源を割き、ライト層や初来場者への配慮が後回しになるケースです。コアファンの声は大きく、要望も具体的であるため、つい優先してしまいがちですが、その結果として新しいファンが入りにくい雰囲気が生まれることがあります。
エンゲージメントの深化を目指す際には、既存のファンを大切にしながらも、新規層が参加しやすい導線を並行して設計する視点が求められます。
効果検証なき施策の浪費
効果検証が回らないと、施策が積み上がっても改善につながりにくくなります。ファンマーケティングの運用においては、戦略を立てる専門知識が足りないと感じている担当者が39.4%にのぼり、次いで分析を行うためのスキルやツールの不足が39.2%と続いています。また、顧客データの分析結果をもとにファンのニーズをどの程度把握できているかについて、「明確に把握できているが、施策には反映できていない」と回答した割合は40.1%で最多でした(※5)。
データを持っていても施策に反映できていない現場には「PDCAの仕組みがない」という問題があります。施策ごとの効果を測り、次の打ち手に反映する体制を整えることが、限られた資源でエンゲージメントを高める前提条件です。
国内外の成功事例と数値データ
鹿島アントラーズの協業型成長
地域の人口規模が限られていても、地域密着と協業でファン獲得を伸ばす余地があります。鹿島アントラーズのホームタウン5市の人口は合わせて30万人に及びませんが、大都市圏にある強豪クラブと互角以上の戦いを繰り広げてきました。2024年には1試合あたりの平均観客数が歴代最多の2万3,037人を記録し、特に増えているのが家族連れです(※12)。
鹿島アントラーズの小泉社長は、JVCケンウッドの技術を活用しながら地域の防災面に貢献し、行政や市民にも喜んでもらえ、スタジアムも活用できる形をつくっていると語っています。サッカークラブが中心にあり、ステークホルダーである行政、市民、ファン・サポーター、そして県内外の企業がいて、これを「三方良し」「四方良し」にできるのがクラブの存在価値だと述べ、協業型のパートナーシップを組んで収入を増やしていくことの大切さを強調しています(※12)。
人口規模が限られる地域でも、地域密着とパートナー企業との協業を掛け合わせることで、ファン獲得とエンゲージメントの両立が可能であることを鹿島の事例は示しています。
ポートランド・ティンバーズのSMSエンゲージメント
スタジアム内体験とデジタル接点を組み合わせると、エンゲージメント施策の参加を後押しできます。米国MLSのポートランド・ティンバーズは、ショートメッセージ(SMS)を活用したエンゲージメント施策で成果を上げています。11回のホームゲームの間、ティンバーズは大型スクリーンにQRコードを表示し、ファンにビンゴ企画への参加を呼びかけました。最初の5人の勝者にはサイン入りユニフォームが贈られ、クリックスルー率は73%、1試合あたり平均372人が参加しました(※13)。
さらに、SMS購読者限定のチケット販売を3つの主要な試合日に実施したところ、クリックスルー率は最大88%に達し、空席を埋めて収入の増加につながりました(※13)。
ティンバーズの事例が示すのは、「スタジアム内の体験」と「デジタル接点」を組み合わせることでエンゲージメントが一段高まるという点です。現地で参加し、限定オファーを受け取り、次の試合への動機が生まれるという流れは、地域密着とデジタル施策が融合するファンマーケティングの好例といえます。
おわりに
ファンが増えないチームが見直すべきポイントは、発信の量ではなく、ファンとの関わり方の設計にあります。地域密着を通じて日常的な接点を持ち、データを使って一人ひとりに合った体験を届け、参加型の仕組みでファンの能動的な関与を引き出す。この一連の流れがエンゲージメントを生み出します。
本記事で取り上げた国内外の事例は、規模や競技は異なっても、「ファンを中心に据え、双方向の関係を築く」という原則で共通しています。自チームの現状と照らし合わせながら、どの段階のファンにどんな接点が不足しているのかを確認してみてください。
参照
(※1) みんなではなく、その人に伝える広告を。 AccurioDX | コニカミノルタ – ファンマーケティングの活用事例! 商品への愛着をユーザーにもってもらう有効な手法とは | みんなではなく、その人に伝える広告を。 AccurioDX | コニカミノルタ
(※2) 株式会社 ロイヤリティ マーケティング – 顧客エンゲージメントとは?獲得するメリットや高める方法、計測指標を解説 | 株式会社 ロイヤリティ マーケティング
(※3) 株式会社エモーションテック | 感情データの解析技術で最適な意思決定を。 – カスタマーエンゲージメントとは何か?その定義と重要性を徹底解説 | 株式会社エモーションテック
(※4) シナジーマーケティング株式会社 公式企業サイト – 日本ラグビー発展に向けたファンマーケティング |Synergy! で変わったマーケティング業務と現場の意識 | ストーリー | シナジーマーケティング株式会社 公式企業サイト
(※5) プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES – 【ファンマーケ担当者1,017人調査】顧客のニーズはわかっているのに施策に移せない“ファンマーケの壁”とは? | DNP出版IPビジネスPR事務局のプレスリリース
(※6) 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) – Jクラブとは | Jクラブについて | 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
(※8) スポーツ庁 Web広報マガジン|DEPORTARE – スポーツ庁 Web広報マガジン|スポーツの力で地域を豊かにする 〜地域スポーツコミッションシンポジウム2026 開催レポート〜
(※9) 公益財団法人日本プロサッカーリーグ – Jリーグクラブ経営ガイド2024
(※10) WSC Sports – Zero- & First-Party Data: The New MVPs of Fan Engagement – WSC Sports
(※11) axia-partner.com – フライホイールモデルとは?顧客を熱狂的なファンに変える新時代のマーケティング戦略 | アクシアパートナー
(※12) 経済産業省 METI Journal ONLINE – 【茨城発】Jリーグの強豪「鹿島アントラーズ」、地域社会の未来をデザイン | 経済産業省 METI Journal ONLINE
(※13) community.com – How the Portland Timbers Used Community to Drive Fan Engagement and Growth | Community
