スポーツ界を揺るがす不祥事。いま求められるコンプライアンス体制とは?
スポーツ界では、ハラスメントや資金不正、ドーピングなど多様な不祥事が繰り返し発覚し、競技団体の信頼を揺るがしてきました。こうした問題を防ぐためには、表面的なルール整備にとどまらず、組織の文化そのものを変えるコンプライアンス体制が欠かせません。
本記事では、国内外のガバナンスコードや適合性審査の実態、危機管理の実務までを、具体的な事例とともに整理します。
スポーツ不祥事の類型と背景
ハラスメント・資金不正・ドーピング
スポーツ不祥事は類型が幅広く、対策の方向性もそれぞれ異なります。国際的な研究では、スポーツにおける不正行為として、ドーピング、八百長と違法賭博、競技上の不正、競技団体幹部による汚職、大規模スポーツイベントでの腐敗、虐待とハラスメント、人種差別およびその他の差別、組織犯罪、フーリガンと観客の暴力、選手の移籍・保有権に第三者が関与する問題の10項目が挙げられています(※1)。
これらの類型を俯瞰すると、選手個人の行為だけでなく、組織の構造や運営そのものに起因する問題が多く含まれていることが分かります。ハラスメントは指導者と選手の力関係のなかで起き、資金不正は会計の監視が不十分な組織で発生しやすく、ドーピングは勝利至上主義と結びつきます。現場で対策を考える際には、こうした類型ごとに発生条件やリスク要因が異なる点を踏まえ、それぞれに合った仕組みを設計することが求められます。
不祥事が繰り返される構造的要因
不祥事が一度発覚して処分が行われても、数年後にまた似た問題が起きることがあります。この背景には、組織の構造的な問題があります。国際比較の研究では、各国のスポーツ健全性を担う機関はいずれも、国ごとに異なる危機やスキャンダルを契機に設立されており、危機の性質が組織の焦点や構造、資金の在り方を左右してきました(※2)。
また、安全を守る取り組みは単なるコンプライアンスの付け足しであってはならず、人権、独立性、説明責任、被害者中心の考え方に根ざした文化の転換でなければならないとする見解もあります。書類上では方針が存在していても組織文化が変わらないまま放置される「見せかけのコンプライアンス」が、多くの組織に見られるという指摘です(※3)。
つまり、不祥事が繰り返される構造的要因は、規程やマニュアルの有無だけではありません。制度を整えたあとに、それが実際の判断や行動にどこまで反映されているかを検証する仕組みが不可欠です。
ガバナンスコードの全体像
日本のガバナンスコード13原則の構成
日本におけるスポーツ団体のガバナンス強化は、ガバナンスコードという形で体系化されています。スポーツ庁は2018年12月に策定した「スポーツ・インテグリティの確保に向けたアクションプラン」のなかで、スポーツ団体が適切な組織運営を行うための原則・規範としてスポーツ団体ガバナンスコードを策定することとし、中央競技団体向けおよび一般スポーツ団体向けの2種類を作成しました(※4)。
その後、2023年9月にはスポーツ審議会総会で「スポーツ団体ガバナンスコードの今後の在り方について(答申)」が取りまとめられ、スポーツ庁長官に手交されました。これを受けて、スポーツ庁は中央競技団体向けのガバナンスコードを改定しています(※5)。
ガバナンスコードは、組織運営の透明性や意思決定の健全性、財務管理、コンプライアンス体制の整備など多岐にわたる事項をカバーしています。現場の担当者がまず確認すべきは、自団体がどの原則を満たし、どこに課題があるかという現状把握です。
IOC・IPACSの国際基準との比較
国際的な視点では、IOCとスポーツ腐敗防止の国際パートナーシップ(International Partnership against Corruption in Sport:IPACS)が、それぞれ独自のガバナンス基準を示しており、日本のガバナンスコードと共通する部分も多く見られます。IOCが定めた基本原則では、明確かつ適切なリスク管理プロセスの導入が求められています。具体的には、スポーツ組織にとっての潜在的リスクの特定、リスクの評価、リスクの管理、リスクの監視、そして情報開示と透明性が挙げられています。加えて、倫理原則と規則を策定・整備・実施すること、その倫理規則はIOC倫理規程に基づくべきことが明記されています(※6)。
一方、IPACSのスポーツガバナンスベンチマークは、政府とスポーツ界に共通の指標を提供するもので、50の勧告で構成されています。これらの勧告は、透明性、誠実さ、民主主義、発展と連帯、そしてチェック・アンド・バランスの原則に基づいており、腐敗防止の要件も含まれています(※7)。
日本のガバナンスコード、IOCの原則群、IPACSの50勧告は、それぞれ粒度や力点が異なります。国内のコンプライアンス体制を設計する際には、国際基準がどの領域に厚みを持たせているかを把握し、自団体の弱点を補う視点で活用することが実務的に有効です。
適合性審査の仕組みと実態
4年周期審査と自己説明・公表制度
ガバナンスコードの形骸化を防ぐには、各団体の遵守状況を確かめる仕組みが欠かせません。日本では、スポーツ統括団体であるJSPO、JOC、JPSAが中央競技団体を対象に、ガバナンスコードへの適合状況について4年ごとに適合性審査を実施し、その結果を公表しています。さらに、JSPOに正加盟する中央競技団体や都道府県スポーツ協会、関係スポーツ団体に対しては、年1回の自己説明および公表が義務付けられています。準加盟・承認団体については努力義務とされています(※4)。
海外ではカナダにおいて、スポーツ組織がカナダ・スポーツガバナンスコードをどの程度遵守しているかを確認するために、無作為かつ定期的なガバナンス監査の実施が不可欠とされています。連邦と州・準州の間でスポーツガバナンス基準の統一を図るべきとも述べられています(※8)。
4年周期の審査と年次の自己説明を組み合わせる日本の制度は、定点観測と日常的な意識づけの両方を狙ったものです。現場の実務担当者にとっては、自己説明の準備過程そのものが課題発見の機会となります。
好事例と要改善事項の傾向
適合性審査の結果からは、ガバナンス強化に成功している団体と課題が残る団体の傾向が読み取れます。事例としては、アスリート委員会の構成メンバーを公募し、トップアスリートだけでなく全ての年代で競技に携わる方を対象としたケースが報告されています。小学生・中学生・高校生の年代からも委員を登用したことで、あらゆる世代の意見を取り入れることが可能となり、アスリートファーストのガバナンス強化を実現しています(※9)。
一方、要改善事項としては、人材の採用・育成に関する計画が策定・公表されていない点が指摘されました。1巡目の適合性審査に続いて審査基準を満たしていないことから要改善とされ、2026年10月末までに改善が求められています(※9)。
好事例には現場の工夫や積極的な姿勢が見られる一方、要改善事項には複数年にわたって同じ課題が解消されないケースがあります。自団体の審査結果を他団体の好事例と照らし合わせ、具体的な改善手順に落とし込むことが、ガバナンス強化を実質的に前に進めるための第一歩です。
コンプライアンス体制の構築手順
コンプライアンス委員会の設計と運営
コンプライアンス体制の中核を担うのが、コンプライアンス委員会の設置と運営です。ある中央競技団体では、2023年7月にフェアプレイ委員会をコンプライアンス委員会へ改称し、年1回以上の開催を通じてコンプライアンス強化に関わる方針や計画の推進・見直し、リスクの把握を実施する方針を定めました。実際に2023年度は案件が発生したため、コンプライアンス委員会を2回開催しています(※10)。
別の団体では、コンプライアンス委員会を月1回開催する継続的な取り組みがガバナンス強化の好事例として評価されました。ただし、その議論の大半が処分に向けた手続きである点には留保が必要とも指摘されています。また、ある団体は加盟団体のそれぞれにコンプライアンス担当役員を設定し、担当者間の連絡会議を実施するなど、加盟団体にもコンプライアンス意識が広がるよう推進していることが好事例として挙げられています(※9)。
委員会の開催頻度を確保するだけでなく、議論の内容が「事後の処分」に偏らず、「予防」の観点を含んでいるかどうかが実効性を左右します。加盟団体への横展開も含め、組織全体にコンプライアンスの意識を根づかせる設計がポイントです。
通報制度と内部統制の整備
不祥事の早期発見には、通報制度の設計と運用が欠かせません。日本のサッカー界では、内部通報者保護規則と運用規則に基づいて通報制度を設けており、利用しやすい複数の方法で通報できるようにしています。通報窓口はウェブサイトを通じて関係者に周知され、窓口担当者には相談内容に関する守秘義務が課されています。通報窓口を利用したことを理由に、相談者に対して不利益な取り扱いを行うことも禁止されています(※11)。
国際的にも、通報者や証人の保護を伴う通報の仕組みの整備が求められています。IPACSのガイドラインでは、誠実性に関する研修の主な効果として、関係者にどのような倫理的行動が求められるかを説明する「意識向上」と、声を上げても安全だと感じられる環境を作る「声を上げる文化」の醸成が挙げられています(※7)。
制度を設けるだけでなく、現場の関係者が「通報しても不利益を受けない」と信じられる環境をいかに整えるかが、通報制度の実効性を決めます。守秘義務の徹底と報復禁止の明文化はその出発点であり、日常的な研修や周知を通じて「声を上げる文化」を育てていく必要があります。
多様性確保とガバナンスの深化
女性理事・外部理事の登用状況
ガバナンス強化においては、意思決定層の多様性確保が柱の一つとなっています。2025年度の調査では、JSPO加盟129団体全体における女性理事の割合は29.4%となり、前年から2.2ポイント増加しました。ガバナンスコードで女性理事の目標割合を40%以上としている中央競技団体69団体のうち、基準を満たしたのは30団体で全体の44%に当たり、前年から7団体増えています(※12)。
ある団体では、女性理事の割合が23.5%と40%の目標には届いていないものの、「女性ワーキンググループ」と「デベロップメント委員会」を発展的に解消して新たに「ダイバーシティ委員会」を立ち上げ、ジェンダー問題を含む幅広い課題に対応する体制へ移行しています(※9)。
数値目標を掲げるだけでなく、委員会の再編など組織設計そのものを見直すことで、多様性の確保を仕組みとして定着させようとする動きが広がりつつあります。
意思決定層の実質的多様性の課題
女性理事の登用が進んでいる一方で、意思決定の核心部分にはまだ課題が残ります。中央競技団体69団体において、業務執行理事に占める女性の割合は18.5%にとどまっており、理事全体に占める女性理事の割合34.7%の約半数の水準です。女性理事の登用は進みつつあるものの、実際に業務執行を担う中核的な役割における女性の参画は依然として限定的であることが明らかになっています(※12)。
理事の人数だけを増やしても、予算編成や事業計画の最終決定に関与できなければ、多様な視点が実際の運営に反映されにくくなります。ガバナンス強化を実質的なものにするためには、理事の総数に占める割合だけでなく、業務執行理事や委員長などの要職にどれだけ多様な人材が就いているかを確認し、改善の対象とすることが求められます。
危機管理と不祥事対応の実務
危機管理マニュアルと外部調査委員会
不祥事が起きた際の対応速度と透明性は、組織の信頼回復を左右します。ある中央競技団体では、会長、不在時は専務理事をリスク管理統括責任者とする危機管理体制を構築しています。2022年3月に危機管理マニュアルを策定し、そのなかに事実調査、原因究明、責任者の処分、再発防止策定といった不祥事対応の一連の流れを記載しています(※10)。
危機管理マニュアルを策定しておくことは、問題発生時に対応が属人化するリスクを減らし、組織として一貫した判断を下すための基盤になります。マニュアルに外部調査委員会の設置基準や招集手順を明記しておけば、事態の深刻度に応じた迅速な初動が可能になります。実務上は、マニュアルを作って終わりにせず、模擬対応訓練などで定期的に運用状況を点検することが可能になります。
海外NIBモデルとの比較と示唆
海外では、国のスポーツ健全性を担う機関(National Integrity Body:NIB)を設置する国が複数あります。各国のNIBの規模は大きく異なり、オーストラリアは年間予算3000万ポンド、常勤職員158名を擁する一方、エストニアは常勤職員8名で年間予算は公表していません。中間にはカナダが予算600万ポンド、常勤45名・非常勤70名、デンマークが予算350万ポンド、常勤18名という規模で運営されています。立法上の基盤を持つNIBは1機関のみでしたが、いずれのNIBも立法基盤がNIBのより効率的な機能発揮の鍵になると回答しています(※2)。
また、IPACSは、透明性、誠実さ、民主主義、説明責任、チェック・アンド・バランスといったガバナンスの原則は、スポーツを所管する政府当局にもスポーツ組織そのものにも当てはまるべきだとしています(※13)。
日本にはNIBに相当する単一の独立機関は存在しませんが、海外の事例からは、独立性と立法基盤がガバナンス強化の実効性に影響するという知見を得ることができます。各団体の危機管理体制を自己点検する際に、これらの国際比較の視点を取り入れることで、自組織に何が足りていないかをより立体的に把握できます。
おわりに
スポーツ不祥事を防ぐコンプライアンス体制は、規程を整えるだけでは完成しません。ガバナンスコードへの適合性審査、通報制度の実効性、意思決定層の多様性確保、そして危機管理マニュアルの運用まで、それぞれの仕組みが実際に機能しているかどうかを継続的に検証する必要があります。
ガバナンス強化は一度きりの取り組みではなく、組織の文化として根づかせる長期的な営みです。自団体の現状を国内外の基準や好事例と照らし合わせながら、一つずつ実務に落とし込んでいくことが、スポーツの信頼を守り続ける道筋になります。
参照
(※1) Frontiers – The autonomy of sport concept: a scoping review
(※2) GOV.UK – International comparisons of national sport integrity systems
(※3) Sports Conflict Institute – From Compliance to Culture: A Groundbreaking Framework for Safeguarding in Sport
(※4) スポーツ団体ガバナンスコード
(※5) スポーツ庁ホームページ – 「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」を改定しました:スポーツ庁
(※6) Basic Universal Principles of Good Governance of the Olympic and Sports Movement Seminar on Autonomy of Olympic and Sport Movement, 11- 12 February 2008
(※7) Sport Governance Benchmark and GuidelineS handBook
(※8) Chapter 7: Governance in sport organizations
(※9) 令和7年度スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>適合性審査 審査結果及び審査所見一覧【概要版】
(※10) 公益社団法人日本パワーリフティング協会 スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>遵守状況の自己説明
(※11) 公益財団法人日本サッカー協会 スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>適合性審査 審査書式
(※12) JSPO加盟団体における女性役員数に関する調査
