日本スポーツは世界で戦えるか?海外放映権ビジネスの可能性を探る
日本スポーツが世界で戦うための鍵は、海外放映権を軸にした収益設計と、対象国ごとの丁寧な市場づくりにあります。国内市場の縮小を見据え、海外ファン獲得と現地パートナーとの信頼構築を段階的に進める姿勢が、クラブ運営の実務では欠かせません。
• 政府は2030年までにスポーツ産業15兆円を目標に掲げ、海外展開支援を進めています。
• Jリーグは2023年に約20カ国で放映を実施し、Bリーグは2025-26シーズンに最大38の国と地域へ配信を拡大しました。
• NBAは総額760億ドル規模のメディア権契約を発表しており、日本との規模差が見て取れます。
• 無料配信で視聴を計測し、有償販売へ切り替える段階設計が実務の要となります。
海外放映権が問われる背景
国内市場の縮小と政府の産業拡大目標という2つの動きが、海外放映権への注目を高めています。
国内市場縮小と外需獲得の必要性
海外放映権の重要性が高まっている背景には、国内人口の減少と外需獲得の必要性があります。
日本国内だけで勝負するのはリスクで、やらないことはもっとリスクだという指摘があり、10年後や20年後にはグローバルの需要のほうが大きくなる可能性が語られています。今は投資フェーズと位置づけられ、海外進出している一般企業の例が引き合いに出されています(※1)。
みるスポーツの推進の観点から、国内ファンの拡大だけでなく、海外ファンの獲得など海外需要を視野に入れた事業展開が重要になっています。経済産業省は、主要トップスポーツリーグ・クラブのニーズや海外での活動状況を踏まえて、東南アジアを中心とする4カ国・地域を対象に市場動向のレポートをまとめました(※2)。
クラブ運営の現場では、国内観客数や広告収入だけに依存する構造から、海外配信で得られる新しい収益源へと視野を広げる必要があります。まずは自クラブのコンテンツが海外でどのくらい見られる余地があるかを、視聴データや現地の関心を通じて把握することが出発点になります。
政府目標15兆円と海外展開支援
政府目標としてのスポーツ産業15兆円は、海外放映権を含む海外展開の追い風になっています。
経済産業省はスポーツ庁と連携し、遅くとも2030年までに日本のスポーツ産業の市場規模を15兆円に拡大する目標を掲げ、スポーツ未来開拓会議を開催するなど様々な取り組みを進めてきました。特にみるスポーツに焦点を当て、スポーツリーグ・クラブの海外展開や、企業の経営課題や社会課題を解決していく新しいパートナーシップの拡大を支援しています(※3)。
産業としてのスポーツは世界的に成長を続けており、国内のスポーツリーグ・クラブの海外展開や国内外の企業とのパートナーシップづくりが支援されています。最初のターゲットはアジア、特に東南アジア諸国とされています(※4)。
実務目線では、政府の支援策や補助事業を活用しながら海外展開の初期投資を抑える発想が重要になります。自クラブがどの支援対象に該当し、どの国を優先市場にするのかを、公的な市場調査レポートとあわせて整理することが第一歩となります。
海外放映権ビジネスの仕組み
海外放映権ビジネスは、複数の販売経路の組み合わせと、段階を踏んだファン獲得の設計で成り立っています。
放映権・サブライセンス・OTTの収益構造
海外放映権の収益は、現地放送局への販売、サブライセンス、公式チャンネルによる直接配信など複数の経路で構成されます。
Jリーグは世界各国でのテレビ放送を中心とした露出拡大を進めるとともに、これまで培ってきたノウハウをアジア諸国と共有し、現地でのサッカークリニックや指導者講習、イベントの実施、ASEANのリーグとのパートナーシップ協定締結など様々な施策を組み合わせています(※5)。
一方、視聴者側の受け止め方も収益設計に影響します。米国のAP-NORC世論調査では、ケーブルとストリーミングの両方を利用する成人のうち約6割が観たい試合を視聴できる状況におおむね満足している一方、スポーツ配信のみを使う層では半数強、ケーブルのみの層では3割程度にとどまっています(※6)。
海外配信の設計では、地上波、ケーブル、配信サービスといった異なる視聴経路を組み合わせ、地域ごとの視聴環境に合わせて販売の形を変える発想が求められます。単一の配信手段に依存しない構成を持つことが、放映権収益の下振れリスクを抑える鍵になります。
海外配信からファン獲得までの3段階
海外展開は放映権を売って終わりではなく、選手・放映・ファンという段階を経て初めて定着します。
Bリーグは戦略を進めるうえで大きく3段階のフェーズに分けており、フェーズ1はその国の選手がB.LEAGUEに来ること、フェーズ2はその国で放映権が売れること、フェーズ3はその国でファンをつくることとしています。2025年時点でフィリピンはフェーズ3にあり、オフラインのイベントを企画するなどB.LEAGUEを好きになってもらう施策を行っており、台湾は試合放送が始まったばかりでフェーズ2にあたります(※7)。
この段階論は、放映権を単発の商品ではなく、ファン基盤を育てるための土台としてとらえる考え方につながります。選手の輩出や現地イベントを通じて認知を高めてから放映権の価値が上がる流れは、実務の順序として意識しておきたいところです。
クラブ担当者にとっては、自リーグの各対象国が今どの段階にあるのかを整理し、投じる資源を段階に合わせて配分することが判断の軸となります。段階ごとに評価指標を分けることで、短期の収益と中長期のファン獲得を切り離して管理できます。
日本リーグの海外配信の現在地
Jリーグ、Bリーグに加え、バレーボールや卓球の新興リーグでも海外配信の実績が積み上がりつつあります。
Jリーグの放映エリアと配信戦略
Jリーグは複数エリアでの放映と公式チャンネル配信を組み合わせ、海外露出の幅を広げています。
2023年の海外放映はアジアを中心に、欧州、中東、アフリカ、オーストラリアを含む約20カ国で各地域の放送局による放映が実施されました。その他の地域ではJ1リーグ戦毎節4試合を国際版の公式YouTubeチャンネル「J.LEAGUE International」で英語実況付きにより配信し、放送局での放映と合わせて全世界でのJ1の放映が実現しています(※8)。
MEIJI YASUDA J.LEAGUE 100 YEAR VISION LEAGUEの海外放映では、中国のK-BALL、香港のMyTV Super、ベトナムのHTV Sports、タイのBG SPORTS YouTube channel、ブラジルのCanal GOATが放送を担い、公式YouTubeチャンネルでも毎節最大4試合を英語実況付きでライブ配信する体制が示されました(※9)。さらに2026/27シーズンからは、マカオのM PlusとオーストラリアのSTANが毎節4試合を放送する体制に加わります(※10)。
地域ごとに提携先の性格が地上波、ケーブル、配信と多様になっていることは、視聴環境の違いに応じた販売戦略の実例といえます。クラブ側は自チームの露出が各エリアでどのように届いているかを確認し、現地マーケティングと連動させる視点が求められます。
Bリーグ38の国と地域への拡大
Bリーグは配信対象エリアを大きく広げ、海外配信の規模を過去最大に伸ばしています。
公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグは、日本国外の5つの国と地域における放送局7局と契約を締結し、りそなグループ B.LEAGUE 2025-26におけるB1一部試合の海外配信を開始しました。海外配信の対象エリアはライセンス提供も含め最大38の国と地域で、過去最大となっています(※11)。
Bリーグの海外展開を担う国際事業グループ所属の担当者は、海外のファンにBリーグというコンテンツを届け、自国の選手の活躍を見て実際に会えるという、選手とファンの海外でのつながりをつくる仕事にやりがいを感じると語っています(※1)。
エリアの広がりは数字上の成果として見えやすい一方、契約締結までのプロセスには現場での粘り強い交渉が積み重なっています。放映権の販売実績を評価する際は、対象エリア数だけでなく、現地での商談体制や訪問頻度も併せて把握することが実務の視点となります。
SVリーグ・Tリーグなど新興の動き
バレーボールや卓球の新興リーグでも、海外配信やアウェイ開催による現地ファン獲得が進んでいます。
SVリーグ公式タイ語インスタグラムのフォロワー数は、2025年1月時点で2024年7月比の336%に達しました。独自アングルからの撮影やオリジナルコンテンツの作成により、650万回再生を超えるインスタ動画などタイを中心に多くの反響を得て、ファンエンゲージメントを高め、海外事業展開の可能性と手応えを得ています(※12)。
Tリーグは第9シーズン開幕戦を台湾で行い、リーグ史上初の海外開催で記録的な観客数を集めました。女子開幕戦ではトップおとめピンポンズ名古屋が木下アビエル神奈川に3-1で勝ち、男子は木下マイスター東京がT.T彩たまに4-0で勝利し、新竹県立体育館に約7000人のファンが集まりました(※13)。
新興リーグの動きは、放映権の販売だけでなくSNSや現地開催で認知を先に積み上げる手順を示しています。放映権が育つ前の段階で、動画コンテンツやアウェイ試合を通じて視聴の入口を増やす発想が有効です。
海外リーグとの収益構造比較
海外主要リーグとの比較からは、契約金額の差だけでなく、資金循環の仕組みの違いが見えてきます。
NBA・プレミアリーグの放映権規模
海外の主要リーグは巨額の放映権契約でビジネスを回しており、日本との規模差は明確です。
2024年7月、ESPNはNBAとのパートナーシップを更新し、Amazon、NBCとともに同リーグの放送を担うことになりました。NBAは総額760億ドル規模のメディア権契約を発表し、NBCとAmazon Primeへ権利を拡張しています(※16)。2025年8月5日にはESPNとNFLが、NFL Mediaの支配権をESPNに与える代わりにNFLがスポーツネットワークの10%株式を取得する契約に合意しました(※14)。
こうした金額規模は、放映権を単なる番組販売ではなく企業価値と結びついた資本取引としてとらえる海外の発想を示しています。日本のリーグが同じ枠組みをそのまま持ち込むのは難しいものの、放映権をエクイティ(株式出資)や長期契約と組み合わせる発想は参考になります。
実務では、放映権の販売単価だけでなく契約期間や配信プラットフォームとの資本関係まで含めて比較する視点が求められます。海外の事例を数字の大小だけで語らず、契約設計の構造を読み解くことが意思決定の質を高めます。
日本リーグとの収益格差の要因
日本と海外の収益差は競技力よりも、資金循環の仕組みや商業価値の統合度に起因しています。
日本は高い競技力など多くの潜在力を持ちながら、資金循環の仕組みは発展途上と受け止められています。米MLBや英プレミアリーグのように、資金を獲得し循環させていくビジネスモデルの構築が必要とされています(※3)。
長年積み上げられたブランド、歴史、厚い選手層、ファン基盤、スポンサー基盤がある一方で、放映・配信権の整理やスポンサー営業、デジタル戦略、ファンデータの活用は十分に統合されていません。競技価値と商業価値の間にギャップがあり、その余地に大きな可能性が指摘されています(※15)。
クラブ運営の実務では、放映権、スポンサー、デジタル、ファンデータをばらばらに扱うのではなく、収益源を横断的につなぐ設計が課題となります。競技面で得た資産を商業面でどこまで収益化できているかを、部門をまたいで点検することが出発点になります。
海外展開の実務課題と乗り越え方
海外展開の実務では、予算・言語・技術・人材の体制づくりと、現地パートナーとの信頼構築が両輪になります。
言語・技術・人材のハードル
海外配信事業には予算、言語、技術、人材の各面で乗り越えるべき課題が並びます。
補助事業では、海外配信事業は予算面、言語面、技術面、人材面でクリアすべき課題が多いことが改めて認識されました。そうした中でも一定の成果を出せたとともに次につながる課題も見つかり、有効な機会だったと総括されています。また、多くのコンテンツホルダーにとって海外配信事業は今後も大きなテーマとなり、事業の一つとして定着させ、放映権の販売および新しい収益化の方法を模索する姿勢が示されています(※12)。
言語面では現地語での実況やSNS運用、技術面では配信品質や権利管理、人材面では現地との交渉を担える担当者の確保が具体的な論点となります。単発の補助事業で得た知見を継続事業へと接続する発想が、成果を一過性で終わらせない鍵になります。
実務では、まず自クラブに欠けている要素がどこかを予算・言語・技術・人材の4区分で棚卸しし、外部委託と内製の切り分けを進めることが検討の入口となります。試行錯誤の記録を残し、次年度の投資判断に活用する運用も欠かせません。
現地パートナーとの信頼構築
海外事業では現地パートナーとの信頼構築が、契約や視聴数の伸びを左右します。
Bリーグの海外展開を担う国際事業グループ所属の担当者は、文化の違いからメールや電話を無視されるなど苦労も多く、最終的には現地に足を運んで直接交渉していると明かしています(※1)。
Jリーグでは、2023年12月に開催されたムアントン・ユナイテッド対北海道コンサドーレ札幌の一戦で、スタジアム観戦者に加えてタイ国内の地上波放送で推定約90万人が視聴し、現地放送局のYouTube配信でも40万回再生を記録しました(※8)。
現地開催や直接訪問で築いた関係は、放送局や配信事業者との継続的な契約更新や視聴数の底上げにつながります。オンラインの商談だけでは進まない案件があることを前提に、渡航頻度や現地滞在の予算を初期計画に組み込む姿勢が実務では有効です。
放映権戦略の意思決定ポイント
放映権戦略では、対象国をどう選ぶか、無料配信と有償販売をどう使い分けるかが主要な判断点になります。
対象国選定の判断基準
どの国を狙うかを決める基準を明確にすることが、放映権戦略の出発点になります。
Bリーグは国際戦略の中で攻める国の基準を明確にしており、その国がある程度日本を好きであること、競技力がB.LEAGUEのレベルに匹敵すること、その国でバスケが人気であること、という3つを条件としています。B.LEAGUEの売上のうち国際事業の売上はまだ10分の1にも満たない状況とされています(※7)。
3つの条件は、親日度、競技レベル、競技人気という定性的な軸に整理でき、他競技のクラブでも応用しやすい枠組みになっています。市場規模だけを基準にすると競合が多く参入余地が狭くなるため、文化的な受容性や競技人気の高さを組み合わせる考え方が有効です。
自クラブが対象国を選ぶ際は、これらの軸に沿って候補国を並べ、投資順位を可視化する作業が第一歩となります。売上比率が小さい段階だからこそ、基準を絞って集中投下する判断が求められます。
無料配信と有償販売の使い分け
無料配信と有償販売は対立するものではなく、段階を分けて使い分けることで機能します。
YouTubeによる無料配信を行った場合に一定以上の視聴がある地域については、放映権が販売できる可能性が高い地域と考えられます。したがって、視聴分析と戦略立案を行ったうえで、積極的なセールス活動を行うという方針が示されています(※12)。
この考え方は、無料配信を市場調査と需要喚起の手段と位置づけ、視聴データを根拠に有償契約へ進む二段構えの発想を示しています。無料と有償を対立させず、時間軸で切り替える設計が現実的です。
実務では、公式YouTubeなどの視聴データをエリア別に分解し、視聴数が伸びている地域から順に放送局や配信事業者へ提案する流れをつくることが判断の軸となります。データを根拠に持つことで、現地との交渉でも説得力が増します。
おわりに
日本スポーツが世界で戦うための道筋は、放映権を単発の商品として売るのではなく、選手の輩出、放映、ファン獲得という段階を丁寧に積み上げていくところにあります。政府の15兆円目標や東南アジア重視の政策、2023年のJリーグによる約20カ国での放映、2025-26シーズンのBリーグによる最大38の国と地域への配信拡大は、その動きを支える具体的な足がかりになっています。
一方で、NBAの760億ドル規模の契約に象徴される海外リーグとの収益格差は大きく、資金循環の仕組みや商業価値の統合が課題として残っています。無料配信で視聴を計測し、有償販売と現地パートナーとの信頼構築へつなげる段階設計を、自クラブの実務に落とし込む視点がポイントです。
参照
(※1) Yahoo!ニュース – Bリーグ国際事業グループの担当者が語る海外展開…島田慎二氏「今は投資フェーズ」(バスケットボールキング)
(※2) サービス産業 (METI/経済産業省)
(※3) 経済産業省 METI Journal ONLINE – 経済産業省の担当者が語り合う――スポーツの潜在力、どう引き出すか!
(※4) 経済産業省 METI Journal ONLINE – プロ化で「世界最高峰」目指すSVリーグ。海外展開へ「ハイキュー!!」とコラボも
(※5) 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) – 海外事業
(※6) The Associated Press – Many sports fans are unhappy with how much it costs to watch their games, an AP-NORC poll finds
(※7) NESTBOWL – 日本のスポーツを“世界で稼げるコンテンツ”に!B.LEAGUEが仕掛ける国際戦略の勝ち筋
(※8) J.LEAGUE SEASON REVIEW 2023
(※9) 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) – Overseas Broadcasting of the MEIJI YASUDA J.LEAGUE 100 YEAR VISION LEAGUE Decided
(※10) 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) – Overseas Broadcasting of the 2026/27 MEIJI YASUDA J.LEAGUE - Broadcasting in Macau and Australia have been newly added -
(※11) B.LEAGUE(Bリーグ)公式サイト – りそなグループ B.LEAGUE 2025-26 SEASON 海外での配信拡大 アジアを中心に、欧州、北米、中南米含む、最大38の国と地域で配信 ~りそなグループ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2026の海外配信も決定~ | B.LEAGUE(Bリーグ)公式サイト
(※12) https://s-kaigaitenkai.jp/archives/2024/doc/R5%E8%A3%9C%E6%AD%A3%E4%BA%8B%E6%A5%AD_%E6%B4%BB%E7%94%A8%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E7%B4%B9%E4%BB%8B.pdf
(※13) Japan Wire by Kyodo News – Table tennis: Japan's T.League eyes more exposure after success in Taiwan
(※14) Colorado Arts and Sciences Magazine – ESPN launches a new era
(※15) 東洋経済オンライン – 「男子ゴルフは宝の山!」–ポテンシャルを活かせていなかった男子ツアー、投資ファンド主導で株式会社化へ 2ページ目
(※16) CBS Sports – NBA signs new TV deal: Details on 11-year, $76 billion deal with ESPN, NBC, Amazon as TNT gets left out
