猛暑時代のスポーツ現場へ。いま求められる熱中症対策とは

猛暑が常態化するスポーツ現場では、指導者やトレーナーが科学的な指標と制度の動向を踏まえて中止・継続を判断する必要があります。


• WBGT(暑さ指数)を実測し、31以上では原則中止など運動指針に沿って判断します。

• 暑熱順化・水分補給・身体冷却の三本柱を、日々の練習から組み込みます。

• 2025年6月施行の労働安全衛生規則改正が示す早期発見体制を、現場運営の参考にします。

• 屋内や低WBGTでも熱中症は起こるため、開催時期や日程の抜本的見直しを進めます。



猛暑時代のスポーツ現場が直面する現実

記録的な高温と救急搬送の増加が統計に表れる一方、現場での対策の実施率には項目ごとに大きな差が残っています。
 


記録的猛暑と救急搬送の増加

日本の夏は統計開始以降で最も暑い水準に達し、スポーツ現場のリスクは大きく変わっています。

 

気象庁によると、2025年夏の平均気温は基準値からの偏差が+2.36℃となり、1898年の統計開始以降で1位の高温を記録しました。全国のアメダス地点で観測された猛暑日の積算地点数は、比較可能な2010年以降で最多だった2024年の8,821地点を超え、9,385地点に達しました(※1)。

 

スポーツ庁は、2024年度の夏の気温が西日本と沖縄・奄美で1位、東日本で1位タイの高温となり、国内での熱中症による救急搬送人員数は97,578人と、調査が開始された2008年以降で最多になったとしています(※2)。

 

気温と搬送者数の推移から、これまでの経験則が通用しにくい環境に入っていることが読み取れます。指導者は過去の感覚ではなく、実測値と公的データをもとに練習計画を見直す必要に迫られています。
 


指導者調査に見る対策の実施ギャップ

対策の重要性が広く知られる一方で、現場での実施率には大きな差が残っています。

 

日本スポーツ協会は2024年2月、公認スポーツ指導者10,194名を対象に「スポーツ現場における熱中症予防に関する実態調査」を実施し、熱中症対策が十分に行われていない実態を報告しました(※3)。

 

水分補給は98.9%の指導者が実践している一方、活動時間の変更は45.2%、身体冷却は44.9%、暑熱順化は22.0%にとどまりました。身体外部冷却の方法では頭部・頸部冷却が75.3%で多く、手掌冷却は32.1%と少数でした。暑熱順化に必要な期間は一般的に5日間とされるものの、実施期間を1〜2日と答えた指導者が33.6%と最も多い結果になりました(※4)。

 

水分補給は浸透した一方で、時間帯の調整や順化の期間確保は後回しにされやすい傾向がうかがえます。指導者は自チームの実施状況を項目ごとに点検し、実施率の低い領域から埋めていく発想が求められます。
 



熱中症対策の基本原則と判断指標

対策の判断はWBGT(暑さ指数)を軸に、暑熱順化・水分補給・身体冷却の三本柱と公的情報を組み合わせて行います。


WBGT(暑さ指数)の意味と運動指針

熱中症対策の出発点は、WBGTという指標を正しく理解することです。

 

WBGTは一般に暑さ指数と呼ばれ、熱中症予防の目安として使われる値です。人体と外気との熱のやりとりに大きく関わる湿度、日射・輻射など周辺の熱環境、気温を総合的に取り入れ、汗の蒸発しやすさを示す指標となります(※5)。

 

運動指針では、WBGT31以上(気温35℃以上)は運動を原則中止、特に子どもの場合は中止すべきとされます。WBGT28以上(気温31℃以上)は厳重警戒で激しい運動は中止し、10〜20分おきに休憩と水分・塩分補給を行います。WBGT25以上(気温28℃以上)は警戒で積極的に休憩と補給を挟み、激しい運動は30分おきに休憩を入れます。WBGT21以上(気温24℃以上)は注意として積極的に水分・塩分補給を行います(※6)。

 

気温だけでは判断できない湿度や輻射の影響を、WBGTは1つの数値に集約します。指導者はこの区分を練習開始前の判断基準として全員で共有し、迷ったときに立ち返る指標として使うことが実務上の要となります。
 


暑熱順化・水分補給・身体冷却の三本柱

対策の核となるのは、暑熱順化、水分補給、身体冷却の3つを組み合わせることです。

 

暑熱順化の方法は、5〜14日をかけて徐々に運動強度を上げていくことです。暑熱順化の効果は1週間程度で低下するため、トレーニングは3日以上空けないことが望ましいとされます(※7)。

 

日本スポーツ協会の調査では、身体外部冷却として頭部・頸部冷却が75.3%で普及した一方、手掌冷却は32.1%にとどまり、方法の選択肢に偏りが見られました(※4)。運動指針でも、WBGT28以上では10〜20分おきに休憩と水分・塩分補給を組み込むこととされ、補給は塩分を含めた設計が前提になります(※6)。

 

3つの柱は独立ではなく、順化で身体を暑さに適応させ、補給で発汗による損失を補い、冷却で深部体温の上昇を抑えるという役割分担で機能します。自チームで最も弱い柱がどれかを見極め、練習メニューに組み込み直す視点が欠かせません。
 


環境省など公的情報の活用

公的な発信と現場判断を接続させることで、対策の抜けを減らせます。

 

WBGTが28℃を超えれば、活動の中止や大幅な軽減を検討するレベルにあたります。日本スポーツ協会や環境省のアプリなどを活用し、科学的な判断を取り入れることが推奨されます(※8)。

 

公的情報は前日から翌日の予測を含むため、練習開始前の意思決定を早める材料として使えます。指導者は情報源を1つに絞らず、当日の実測と組み合わせて運用する必要があります。
 



中止・継続を判断する現場プロトコル

中止・継続の判断は、活動場所での実測、競技別ガイドライン、法制度の動向の3つの視点が土台になります。


WBGT実測とオンサイト測定の重要性

予報値だけに頼らず、活動場所そのものでWBGTを測ることが判断の精度を大きく左右します。

 

学術誌Scientific Reportsに掲載された研究では、ハードコートのWBGTが25℃を超える環境で気象庁のWBGT値よりも有意に高くなる傾向が示され、路面種別ごとのWBGTと気象庁のWBGTのBland-Altmanプロットで比例誤差が確認されました。WBGTが高くなるほど、気象庁のWBGTは実際の熱環境を過小評価する形になりました(※9)。

 

東京陸上競技協会の運用では、計測場所すべてのWBGT値が31を超えた場合には競技を一旦中断して対策会議を開催し、実施方法の変更と下がらない場合の対応を検討することとされます。WBGT値が31から下がらない場合には、競技会を中止する運用が示されています(※10)。

 

近隣の観測所の値と、コートやグラウンド上の値には無視できない差が生じます。会場ごとの実測と、閾値を超えた際の会議・中止手順をセットで用意しておくことが、現場プロトコルの土台となります。
 


競技別ガイドラインの判断基準

競技によって装備や運動強度が異なるため、判断基準も個別に定められています。

 

日本サッカー協会のガイドラインは、WBGT31以上で試合を中止・中断または延期するとし、STEP1+2に加えてSTEP3+クーリングブレークの全てを実施した場合に限り主催者判断で試合を実施できるとしました。WBGT28以上31未満では、高校生以上はSTEP1+2+クーリングブレークまたは飲水タイム実施を条件に試合を実施できます(※11)。

 

日本ホッケー協会は、WBGT28℃以上の厳重警戒でインターバルを3分間、WBGT31℃以上の危険でインターバルを4分間とし、状況によりウォーターブレイクの適用も考慮するとしました。WBGT35℃以上の危険域では、TDと大会関係者と協議してウォーターブレイク、ハーフタイム延長、試合時間短縮、中止・中断・延期の適用を含め対応を決定する運用を定めました(※12)。

 

日本テニス協会は、30.1℃以上でヒートルールを適用し3セットマッチでは最終セット前に10分間の休憩を可能とし、32.2℃以上ではプレーの一時的中止の適用検討を開始するとしました(※13)。

 

競技団体ごとの数値と手順を、自チームが関わる大会の要項と突き合わせておくことが実務対応の第一歩です。指導者は主催者判断の余地がどこにあるかを把握し、判断の分岐点を事前に共有しておくことが求められます。
 


2025年改正労働安全衛生規則とスポーツ現場

法制度の動きも、スポーツ現場の運営体制に示唆を与えます。

 

日本水泳連盟によると、厚生労働省の労働安全衛生規則が改正され、2025年6月1日に施行されました。この改正では、WBGT28以上の環境下での長時間作業(1時間以上または1日4時間超)において、早期発見体制や対応手順の整備、作業者への周知を事業者に義務づける内容が、罰則規定を設けて示されました(※14)。

 

この改正は労働現場を対象としたものですが、屋外での長時間活動を伴う点でスポーツ現場と共通する要素があります。指導者や運営者は、早期発見の合図と連絡手順、周知の方法を自チームの運営マニュアルに落とし込む機会として活用できます。
 



見落とされがちなリスクと失敗事例

熱中症は炎天下の屋外に限らず、屋内や比較的低いWBGT、暑さに身体が慣れていない時期にも発生します。
 


屋内・夜間・低WBGTでも起こる熱中症

熱中症は屋外の日中だけの問題ではなく、屋内や比較的低いWBGTでも起こります。

 

川崎市環境総合研究所が学校体育館で行った調査では、天井の表面温度が最大54.4℃、床面が最大46.8℃まで上昇しました。閉鎖状態の測定では、館内の気温が校庭より5.0℃高い結果も報告されました(※15)。

 

宮城県の資料は、休業日明けなど子どもたちの体がまだ暑さや学校の活動に慣れていない時期は熱中症のリスクが高いこと、それほど高くない気温(25〜30℃)でも湿度などその他の条件により熱中症事故が発生していることを踏まえ、教育課程内外を問わず熱中症事故防止のための適切な措置を講ずることを求めました(※16)。

 

屋内競技の指導者は、外気温の予報だけで安全を判断しにくい構造にあります。閉鎖環境での温度上昇や、気温が高くない日の湿度の影響まで含めて、練習環境を見直す視点が欠かせません。
 


暑熱順化不足と健康チェック未実施の落とし穴

熱中症のリスクは、暑さそのものよりも身体の準備不足によって高まります。

 

熱中症が発生しやすい部活動として、野球、ソフトボール、サッカー・フットサル、テニス、陸上競技、弓道、その他持続的運動や厚手のユニフォームを着用するものが挙げられます。4〜6月の期間、比較的涼しい地域(北海道、東北、北陸、または夏季平均WBGTが18℃以下の地域)、屋外活動、涼しい時期から急に暑くなり暑熱順化が不十分な場合に熱中症が発生しやすくなります(※17)。

 

涼しい地域や春先は油断されがちですが、いずれも順化の不足が共通のリスクとなります。指導者は季節の変わり目と長期休暇明けを警戒期間と位置づけ、練習強度の立ち上げを段階的に設計する必要があります。
 



安全な運営体制を構築するための実務対応

発症時に備えた救急体制の整備と、開催時期そのものの見直しが、運営側に求められる実務対応の両輪です。
 


救急体制と身体冷却設備の整備

重症化を防ぐには、発症時に現場で速やかに冷却を始められる体制が要になります。

 

熱射病は死の危険が迫った緊急疾患であり、救急車を要請(119番通報)するとともに、速やかに冷却処置を現場で開始する必要があります。熱射病の予後は高体温の持続時間に左右され、後遺症の予防と救命のためには30分以内に40℃を超えるような高体温域を脱する必要があります(※6)。

 

30分の時間制約を踏まえると、通報と冷却は同時並行で進める前提が現実的です。会場ごとに冷却用の水や氷、身体を浸すための容器などを配置し、担当者の役割分担を事前に取り決めておくことが運営体制の要点となります。
 


大会日程・開催時期の抜本的見直し

個別の対策だけでなく、大会そのものの開催時期を動かす判断も広がりつつあります。

 

日本サッカー協会は、2025年度以降、主催・管轄する大会・リーグ戦・フェスティバル等について7月・8月は原則開催しないとしました。ただし、屋内・ナイター・冷涼地等において、熱中症対策ガイドラインに則し、事業に関わる関係者の安全確保が十分に可能と判断できる環境下であれば、事業を実施する場合があるとしました(※18)。

 

競技団体レベルで真夏の開催そのものを避ける動きは、現場の判断負荷を根本から軽くする方向性を示しています。地域大会や練習試合の主催者は、時期の前倒し・後ろ倒しや屋内・夜間への切り替えを、来季の日程設計に反映する余地があります。
 



おわりに

猛暑が定常化するなかで、スポーツ現場の熱中症対策は経験ではなく数値と手順で運用する段階に入っています。WBGTの実測、暑熱順化・水分補給・身体冷却の三本柱、競技別ガイドライン、そして2025年6月施行の労働安全衛生規則改正までを、1つの運営体制の中に組み込むことが求められます。

 

屋内や低WBGTのリスク、長期休暇明けの順化不足、30分以内の冷却という時間制約は、いずれも事前準備で対応できる領域です。指導者・トレーナー・主催者が役割を分担し、中止・継続の分岐点を共有しておくことが、選手を守る最短の道になります。
 


参照

(※1) 2025年夏(6月〜8月)の天候

(※2) スポーツ庁ホームページ – 熱中症事故の防止について(依頼):スポーツ庁

(※3) https://www.mext.go.jp/sports/content/20250519-spt_kensport01-000042607_2.pdf

(※4) 熱中症予防に関する実態調査

(※5) 【SPECIAL】熱中症予防の重要性とその対策~福島理文U-23日本代表チームドクターに聞く|JFA|公益財団法人日本サッカー協会

(※6) https://oyabe-sports.jp/files/Document/files20260521170357.pdf

(※7) ジュニアアスリートの暑さ対策は?

(※8) 時事メディカル – 熱中症を甘く見るな~命を守る水と塩と準備の話~|こちら診察室|時事メディカル|時事通信の医療ニュースサイト

(※9) Nature – Using wet-bulb globe temperature meters to examine the effect of heat on various tennis court surfaces

(※10) 競技会実施時の暑熱対策について

(※11) https://jfa.jp/documents/pdf/other/heatstroke_guideline.pdf

(※12) https://data.hockey.or.jp/2025/regulations/JHA_Regulations_HeatStroke-Guidelines_2025.pdf

(※13) 公益財団法人 日本テニス協会 – 熱中症予防について

(※14) https://aquatics.or.jp/assets/files/pdf/pages/about/rule/r_heatstroke_20250520.pdf

(※15) Courtone(コートン) – 体育館が暑すぎる!バドミントンサークル主催者の熱中症対策|WBGT・休憩・中止基準

(※16) https://www.pref.miyagi.jp/documents/64859/0514hpup.pdf

(※17) スポーツ栄養Web【一般社団法人日本スポーツ栄養協会(SNDJ)公式情報サイト】 – 中学・高校の部活動中の熱中症対策は、競技種目、時期、場所、WBGTが重要 国立環境研究所

(※18) nikkansports.com – JFAが暑熱環境下におけるサッカー活動の周知文書 管轄大会の7、8月原則開催無し



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